マイ・フェイバリット・シングス-02

 休日の十四時すぎ。待ち合わせは中央区画にあるショッピングモール、その入り口にあるネオンカラーの麒麟(ジラフではなく想像上の生物)の巨大ホログラムオブジェ前だ。おれは前もってアヤカに「ケイスケの結婚祝い選びにつきあって欲しい」とのことでここにいる。おれも世話になっている先輩のこと。何か贈るのも悪くはないだろうと考えたのだ。

 ――でも改めて呼び出されると緊張するな……。

 一応手持ちの服の中でもまともなものを選んできたつもりだが、大丈夫だろうか。自分の着てきた服を見下ろす。白のシャツにターコイズのカーディガン、スキニーに近いシルエットのデニム。……しまった、靴は履きつぶしたトレッキングシューズだ。歩きやすいからといつも履いているので、気づかず来てしまった。

「あっ、ユーイチ! 待たせてごめん」

 アヤカがパンプスを鳴らして駆け寄ってくる。今日は珍しくワンピース姿だ。髪は両サイドでゆるく三つ編みになっている。

「いや、おれもさっき来たとこ」

 とっさにおれは嘘をつく。アヤカは手櫛で自分の前髪を整えている。頭ひとつ分くらい低い位置にあるアヤカの髪の分け目が見えた。女の子って、本当に繊細で綺麗な造りの姿をしているんだな。

「呼び出しておいて遅れたのはあたしの方だから」

「大丈夫だって」

「いや、あたしが悪い」

 と、ここで押し問答になってしまっていることにお互い気づいて、顔を見合わせて笑い出す。

「じゃ、行こうか? アヤカ」

 おれがそう言って歩きだすと、アヤカも並んで歩きだす。

 それからショッピングモールの案内図を見て、とりあえず雑貨屋に行ってみようということになった。

 雑貨屋。看板には「ストレイライト」と書かれている。入り口をくぐれば、こまごまとしたかわいらしい物たちが、棚に所狭しと並んでいる。

「あたし、結婚祝いって初めてなんだけど、何を贈ればいいのかな」

「その辺はおれも初めてで……」

 いいものを選べる自信はない。

 店内をぐるっと見て回る。ふと立ち止まったアヤカが赤と緑のマグカップを手に取る。ペアになっていて、並べると白いハートのマークが表面に浮かび上がるものだ。

「これとかどう?」

 正直、微妙。そう言いたいのをこらえて、おれは言葉を探す。

「うーん……結婚して時間が経ってるなら、食器類はもう揃えてありそうかな」

「確かに」

 おれのアドバイスにうなずくとマグカップを棚に戻し、アヤカは額に人差し指を当てる。

「家庭にあると助かるものがいいよね」

 そうだな、とおれはそれを肯定してから続ける。

「かといってタオルやシャンプーじゃ味気ないし……どうしたもんかな」

「あ、消えものってのはいいアイディアかも」

 ぱっとアヤカの顔が明るくなる。

「ケイスケとデイヴ、二人とも紅茶党なんだ」

「じゃあ、茶葉と茶菓子のセットなんてどうかな」

 そうしよう。提案に乗ってきた彼女は、おれを紅茶専門店「カレル・チャペック」へと引っ張っていった。

 店内には紅茶のいい香りが漂っている。どうやら試飲もできるらしい。というわけで、二人して小さなコップに入った紅茶をあれこれ試してみた。だが、おれとアヤカはコーヒー党なので、良し悪しがよくわからない。

 困っていたら、アヤカがいいものを見つけたらしい。

「ユーイチ。ティーバッグですぐ飲める、いろんなフレーバーの詰め合わせギフトはどう?」

「うん、いいと思う。じゃあおれは茶菓子を選ぶよ」

 そう言って茶菓子コーナーへと行ってみる。

 マフィン、クッキー、フィナンシェ……色々とある。おれが目に留めたのはドライフルーツを混ぜ込んで焼いたクッキーだ。価格も贈り物としてはちょうどいい。アヤカに訊いてみると、首を縦に振ってくれた。

 そうしてアヤカはティーバッグの詰め合わせギフト、おれはクッキーを買ったのだった。

「今日はありがとう、ユーイチ」

「気にしないでよ。おれも先輩にはお世話になってるし」

 そのうち、どちらからともなく手をつないだ。まるでそうするべきであったように、当たり前に。お互いの体温がひどく似ているのは、おれが酔い潰れたあの日と同じだった。

 アヤカが笑っておれを見上げてきた。

「そうだ。お礼に――」

 途端に咳で言葉が途切れた。アヤカはおれの手を離して、自分の口を手で覆うと続けてひどく咳き込む。おれが慌てて名前を呼び手を伸ばそうとするが、アヤカの体はぐらりと傾いたかと思うと、その場に倒れ込む。「アヤカ!」鋭く叫んで肩を揺すっても、反応しない。その手首のデバイスが警告を発する。

「意識レベル低下を確認。救難信号を発信します」

 周りがざわついて人だかりができはじめた。彼女の手のひらと口元は、血で真っ赤に染まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る