第38話 ルール

 火災鎧の討伐に成功するのと時を同じくして、ストーカークラブも狩りつくされていた。


 俺はプレイヤーたちに頭を下げて回ったが、態度はそっけなかった。

 だが、暴行されたりすることもなかった。


 きっと、これが一番いい距離なのだろうと思う。

 その後は、プレイヤーたち総出で町の片づけに入った。


 流石に町を再建するというのは不可能だろうと諦めていたところ、予想外のラッキーが起きた。


 浄化が始まったのだ。

 火災鎧から弾けた虹色の光が、ゆっくりと建物を復活させていった。


 本来、町に魔針体が現れることは無いので、浄化の対象にはならない……のだが、データを管理するパラメータシート的には、別に「浄化されない」というパラメータがあるわけではない。


 魔針体側に「倒されると浄化のスイッチをオンにする」というパラメータが設定されているのだ。


 火災鎧は、魔針体が討伐されたエリアに現れ、そこの魔針体を復活させる仕様を持っているため、「倒されたとき同エリアに魔針体が存在しない場合、浄化のスイッチをオンにする」という特殊なパラメータにチェックが入っている。


 これは、魔針体が復活するとエリアの汚染が戻ってしまうが、その魔針体が倒されただけでなく、 火災鎧も倒されないとエリアが浄化されない仕様のためだ。


 そして浄化というのは、ゲームデータ的には、「エリア管理番号の一番若い背景を読み込む」という処理に過ぎない。


 町は汚染状態が存在しないため、当然管理番号も一つしかない。

 そのため、「町のデータが読み込まれ直され」、あらゆる建築物が直ったわけだ。


 鍛冶屋や宿屋のNPCたちも無事復帰した。

 彼らは非破壊設定がされているので当然と言えば当然だが、いずれにせよ盾にする作戦はもう使えないだろう。


 ……使う気もいないが。

 ……人間追い詰められると無茶苦茶やるものだ。


 特にゲーム開発者なんてのは、よくやらかす。

 未だにブラック自慢をしてるズレた同業者も多いし――


「なーに、考えてんの?」


「うわっ、驚かすなよ!」


 座っていた俺の真後ろから、覗き込むように顔を見せてきたクロス。

 さかさまの頭から垂れる髪は金色の雨のよう。


「そろそろ行くわよ。偵察組も戻ってくる頃だし」


「ああ」


 クロスに促されて、座っていた切り株から起き上がる。

 目の前に広がるのは、不気味な植物が生い茂るジャングル。


 巨大なウツボカズラがいくつも垂れ下がり、ハエトリソウがぎちぎち葉を鳴らしている。


 人間を餌食にするモンスターなのは言うまでもない。

 世界最大の花、ラフレシアを更に巨大化させたようなモンスターがうねうねと動き回っているここは、6時エリア。


 6時は南方向なので、南国をイメージしたステージになっており、ボスの『アンフィスバエナヴェロキラプトル』も、ジャングルの奥に潜む爬虫類型魔針体だ。


 そう、俺たちは当初の予定通り魔針体を全滅させることにした。

 そこで6時エリアに侵入し、途中の開けた個所で休憩を取っていたところだった。


 レベルデザイン的にもひと休みできるポイントをイメージして、四方が繁みながら、中央は芝生が整い、椅子代わりの切り株が点在させている。


 ここから先はけもの道が続いているが、エリアに入るたびにランダムで敵の構成が変わるので、油断できない。ここで一度休憩を挟むのは、仕様意図通りと言える。


 と、繁みがガサガサと音を立てた。


「この辺には敵はいなかったヨ~。当たりのルート引いたっぽい☆ んで、なになに~☆ 考え事? 面白い仕様思いついた? Ver.300はアキヤマに独占先行プレイさせちゃう?」


 バナナの葉に似た植物の間から出て来たのはアキヤマだ。植物が身長より高いため、コロポックルのようでもある。


 ゴールデンらと偵察をしに行っていたはずだから、それが終わったんだろう。


「それは構わないが、考えてたのは全然別件……」


「おっしゃー! 言質とったかんネ~☆」


 ガッツポーズする魔女っ子。

 これだけの目にあっておきながら、ver.300をプレイする気まんまんなのがすごい。


 こういう人でないと、トッププレイヤーになったりは出来ないのかもしれないな……。


「なーに盛り上がってんだ? オレも混ぜろよ」


 タオル代わりの布切れで汗を拭きながら、ゴールデンが繁みの奥から現れた。


「別に大した話はしてないよ」


「ふむ……てっきり、祭法王魔の話でもしているのかと」


 繁みがしゃべりだしたかと思ったらストリンドベリだった。


 暗がりで草木に紛れるとホントにわからないな……。


「祭法王魔ですか? いえ、特には」


「そうそう本当にただの雑談よ。……何か気になることでもあるの?」


「うむ……僕はそのことをずっと考えていたのでね……ちょうどいい機会だ。僕の推論を聞いてほしい。特に、シグマ君に」


「……はい」


 ストリンドベリは同業者だ。

 それも、俺よりはるかにキャリアがあるように思う。


 その推論は、きっと的外れなものではないはずだ。


「祭法王魔は、全ての魔針体を倒した時、教会に発生する光の柱で向かう最終エリア……天空に浮かぶ『文字盤の空中庭園』に居るのは、みんなも知っているだろう」


「そりゃあな。オレたち全員、一度くらいはクリアしてっからな」


 全員が頷く。


「うむ。その上でなんだが、言い換えれば、祭法王魔がいるのは町の真上ということになる」


「それがどうしたの?」


「まぁ、慌てない。僕も普段話さないぶん、一度に話を進めるのが苦手なのでね……気になっていたのだよ。祭法王魔がペナルティとして呼び出したのはストーカークラブだったことが」


 確かに、回りくどくて何が言いたいのか、よくわからない。

 が、みんな茶々を入れずに傾聴する。


「もしアレが「神」として全知全能なら、ストーカークラブ一種類だけである必要はなかったと思うのだよ。あの数だと事故が起きて「ゲームとしてつまらなく」なる。例えば、中ボス格のミニざら石やキングゴブリンでもいいはずだ。それでも、ストーカークラブを呼んだのには理由があるはずだ。いや、むしろ「ストーカークラブしか呼べなかった」のではないだろうか」


 あっ、あっ。


 何が言いたいのか、わかってきた。

 それを俺もすぐには言語化できず、喉の奥でそれが小骨のように引っかかっている感覚。


 他のみんなは頭の上に「?」を浮かべたような顔しているが……。


「つまりだね、祭法王魔もゲームのルールに、縛られているのではないかな」

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