第37話 楽
「あんた、何笑ってんのよ」
「クロスだって笑ってるじゃないか」
「は? 表情筋のバグかなんかでしょ。ちゃんと作りなさいよ」
「どんなバグだよ」
言いながら、クロスを突き飛ばす。
「ちょっ……」
非難の声を上げた彼女のすぐそばをレーザーが駆け抜ける。
「反射するぞ!」
「わかってる!」
地面で拡散した熱線を、華麗な動きでかわしていくクロス。
つま先から指先までピンと伸びている。
頭のてっぺんから、一本のピアノ線で釣られているんじゃないかというくらい、美しい姿勢だ。
必死感丸出しで避ける俺とは対照的だ。
「バレエでも習ってたのか?」
「昔よ、昔」
「お、当たってたな」
燃える剣をバックステップでかわし、手の甲をぶった斬る。
クロスは飛び上がって火災鎧の頭に強烈な一撃を叩きこむ。
「当たってもなにもないわよ。飴でも欲しかった?」
「くれるんならなんでも」
「あげないわよ」
楽しい。
無駄話が楽しい。
リラックスできているせいか、敵の攻撃を余裕もってかわせるようになってきた。
俯瞰していたとき以上の、集中力。
超高難易度の強敵として設定した火災鎧の動きが、よく見える。
息もつかせぬ連続攻撃も、見えてさえいればかわせる。
もうこの怪物から、全然恐怖を感じない。
ただただ楽しかった。
『オオオオオ!!』
大振りの大根切り攻撃を右にステップしてかわす。
ジャンプしてがら空きの背中を斬りつける。
左から飛んできたクロスも同じく斬りつける。
火災鎧の背にX字に斬撃が叩き込まれた。
「おお、攻撃もクロスしてるな」
「別に狙ってないからね」
「そうだな。†クロスファイア・クロス・クルセイド†だもんな」
「……っ! そこイジらないでよ! おたんこなすびっ!」
はは、顔真っ赤にしてら。
着地と同時に火災鎧の後ろに回り込んで腰から太ももにかけての鎧を叩き割る。
クロスは長剣で後頭部をブッ叩く。
反社的に振るわれる回転斬りをしゃがんでかわして再び斬りつける。
斬る。
斬る。
斬る。
かわす。
茶化す。
笑う。
楽しいなあ。
楽しいなあ。
クロスはそっちに動くのか。
じゃあ俺はこっち側だな。
斬る。斬る。突く。
おっと、危ないぞクロス。
じゃ、こっちで引き付けるか。
目の前に行くだろ。
よし来た攻撃。
これをかわして――
おいおい、おいしいところはもってくのかクロス。
まぁいいさ。
じゃあ俺は反対側から。
斬る、斬る、斬る。
斬る――
『オオオオオオオオオオオオオオ!!』
鎧が大半剥げ、炎がむき出しになっている火災鎧が雄たけびを上げた。
もはや兜すら残っておらず、人型の炎が咆哮していた。
その体が陽炎のようにゆらめいていく。
おいおい待て。
逃げることはないだろう。
こんなに楽しいのに。
もう少しいてくれよ。
クロスと共闘するのが楽しくてしょうがないんだから。
ダメか。
もう数秒で消えてしまう。
じゃあ仕方ない。
「それじゃ、倒すか」
「そうね。ちょっと残念だけど」
そうだ、とクロスが呟く。
「……こんな感じで喋れるなら、現実でも貴方と会ってみたいかもね」
「俺もだ」
ずっと『ガーデン』に居たと言っていたあのクロスが、そんなことを言ってくれたのが、嬉しかった。
眼の前では火災鎧が消える前に最後の一撃を打ち込もうとしてきていたが、今さらそんなものを食らう俺たちじゃない。
左右に分かれて回避すると、間合いを一気に詰める。
そして、敵の胸にわずかに残った鎧の破片に、二人で剣を突き入れた。
『オオオ……』
うめき声とともに、火災鎧の姿がほどけていく。
やがて魂が解放されるかのように、虹色の光となって空に消えた。
「なぁ、これって」
「ええ」
きっと二人とも同じものを想像していただろう。
「黒ひげ危機一発」
「ケーキ入刀」
違った。
クロス、顔真っ赤にしてる。
「お前、意外と乙女チックなんだな」
「おたんこなすびっ!!」
顔面にパンチが突き刺さった。
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