第31話 罰

「おおおおおおおおおお!!」


 走っていくリュウズの背とは逆方向に、俺は突進した。

 ストーカークラブが数匹群がっていて、その凶悪な爪を打ち鳴らしながら振りかざしてくる。


 火災鎧はあまりの蟹の数に巻き込まれて、攻撃できる状態にない。貫通攻撃を持たないボスの悲しさよ。


 だが、チャンスでもある。


 今のうちに蟹を駆除するんだ。こいつらも数が多すぎて、建物の焼け跡と焼け跡に挟まり、大通りの幅でも同時に2、3体の攻撃が限度だ。


 立ち回りで、まだなんとかしのげる……はずだ。

 むしろ下手に逃げて小路に入られると後ろに回り込まれかねない。


 まずは数を減らして、別エリアへの道を作らないと、コイツらの誘導どころじゃない。


 それに正面から迎え討たないと、奴らに横になられたら平べったい体なので何体も雪崩れ込んでくる可能性が高い。


 確実に、目の前の敵を相手するのだ。

 手近な蟹のハサミをかわし、目と目の間に剣を叩きこむ。


 クリティカルの手ごたえ――


「!?」


 だが、蟹はひるまない。

 返す刀で振るわれたハサミを剣で受け止めた時、俺は自分の愚かさを痛感した。


「アイスオンエッジ……!」


 そう、俺の武器は水属性の剣。氷も水にカウントする仕様だ。

 ストーカークラブは水属性であり、効果が半減する。


 相性は最悪だ。


「くそっ……!」


 武器は2本まで携帯でき、いらないものは倉庫送りになるシステムだ。


 しかし、俺はサブウェポンも水属性の剣を選んでいる。長剣で攻撃力は高いが、取り回しに難があるので、一応念のために持ってきただけだが、完全に裏目だ。


 しかも倉庫も焼け落ちてしまっているため、替えの武器を取りにも行けない。管理しているシステム自体は非破壊だから残っているだろうが、汎用素材の建物が燃えて瓦礫になっている以上、すぐに武器を拾いに行くのも無理だった。


 世界観設定上、町中の至る所にも剣は落ちているが、町の剣はレアリティが最低で、攻撃力もしれたもの。まだアイスオンエッジのほうがはるかにマシだ。


 切れ味の悪いハサミで布を切っているような、気持ちの悪さを覚えながら、それでも剣を振っていく。


 少しでも気を抜けば、化け蟹の餌食になる。

 とにかく剣を振り、蟹を押し返してく。ヒットストップを繰り返さないと、後ろの蟹が突っ込んでくるからだ。


 ここで俺は、もう一つ致命的なミスをしていたことに気づいていなかった。

 蟹にばかり気を取られ、俯瞰をオンにするのを怠っていたのだ。


『オオオオオ!!』


「しまっ……!」


 火災鎧の目にルビー色の炎が灯り、それが高熱のビームとなって宙を切り裂いた。


 現実のビームであれば絶対にかわせない。なぜなら、光が目に入るからこそ、ものが見えるのであり、見えた瞬間に命中しているからだ。


 だが、ゲームであれば、ビームであっても光速などということはなく、見てから回避することだってできる。


 見ていれば、だ。


「ぐあっ!?」


 俯瞰をオンにしていなかった俺は、全く意識していなかったそのビームを、まともに受けてしまった。


 左肩のあたりに命中したそれは、物理的な衝撃となって俺の体を後ろに吹っ飛ばした。


 肩を軸に空中で斜めに一回転して、おもちゃのように吹っ飛ばされていく自分を、痛みが走り抜ける頭でどこか冷静に見ていた。


 ほとんど反射的に入った俯瞰のスイッチが、吹っ飛んで無防備状態の自分を目掛け、ストーカークラブが殺到しているのを見つけたせいだろう。


 一番近くにいた蟹の爪が、いまだ宙を吹っ飛ぶ俺の腹を横薙ぎに突き飛ばした。


 『ガーデン』では攻撃を食らって吹っ飛ばされている際の追撃は、基本的にダメージ判定が発生しないようにしてある。本人の実力と関係ない事故を防ぐためだ。


 その設定が生きているのか、腹を襲った衝撃のわりに、鎧にダメージもなく内臓が破裂するような感触もない。


 だが、痛い。

 ただただ痛い。

 自分が吹っ飛ばされるのを観客のように俯瞰で観ながら、脳を貫く激痛に叫んだ。


 叫んだ、と思う。


 声が出ていたかも、わからない。


 腹を殴られて肺から空気が全て絞り出された俺を、今度は別の蟹のハサミの打ち下ろしが襲い、地面に叩きつけられた。


 バウンドして跳ねあがった体を、今度はまた別の蟹がそのハサミでつかみ取った。


 まずい。


 まずいまずいまずい。


 痛みで麻痺しかけた思考を必死につなぎとめる。

 もはや俯瞰はとっくに切れていた。


 吹っ飛び状態にダメージ判定はないが、地面に接触するタイミングで受け身を取らなかった場合、以後、ダメージが通るようになる。


 受け身の無敵時間を取れなかったことで掴まれた俺は、絶体絶命ということだ。

 こうなれば、蟹の頭を叩き、ハサミを引きはがさないといけない。


 みしみしと胴の鎧が音を立てている。

 早く、早く、蟹を倒さないと。


 ああ、くそ、ダメだ。

 剣が届かない。


 痛い、毎秒ごとにダメージが入って来る。痛痛痛……痛。

 ちくしょう、設定ミスだ。俺の責任だ。


 蟹のハサミモーションは攻撃が届かないと引きはがせないじゃないか。


 そんな設定にしてないはずだ。即死攻撃だったらそう設定するし、完全に意図の外で逃げられない死を生んでしまっている。


 バグか。バグなんだな。

 再現性が低いバグがこんなときに出るかよ。


 このせいで死んだ他のプレイヤーもいたかもしれない。こっちで最初に出会ったプレイヤーもそうだったのかも……


 すまない。申し訳ない。すまない。すまない。本当に申し訳ない。


 痛い。腹を圧し潰そうとするハサミ。激痛。気が狂いそうな痛み。


 それでも、やっぱり心が痛い。そっちのほうが痛い。


 こんなユーザー不利益なバグが、まだ残っていたなんて。

 だとしたら、これは罰なのかもしれない。


 バグのせいでプレイヤーを危険にさらした俺への……


 そう思ったら、この痛みも仕方ない気がした。


 腹を挟まれる強烈な圧迫感に口から内臓がこぼれそうだ。

 もうあと数秒も持たないだろう。


 惜しむらくは――

 こんな世界に縛り付けられた残りのプレイヤーたち――


 これまでに袖すり合ったプレイヤーの顔が走馬燈のように流れていく。


 アキヤマも、ゴールデンも、ストリンドベリも。それからリュウズも。


 そして、最後に浮かんだのは、クロスの姿だった。


 そう、こんな風に金色の髪を振り乱して――


「何やってるの! 死にたいの!」


 クロスが、降ってきた。

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