第32話 走馬燈

 布面積の極端に少ないその姿は、女神を描いた絵画のようですらあった。


 腹を挟まれ、酸素が回らない頭では、これが現実のことなのかもよくわからなかった。


 これも走馬燈なのかもしれない。

 初めて彼女と会った時と、全く同じ光景なのだから。


 でも、あの時クロスは、泣いていただろうか?


 彼女の一撃で化け蟹が泡を吹いた倒れ、俺も突き飛ばされるようにハサミから転げ落ちた。起き上がることもできず、煤だらけの瓦礫に突っ込む。


 そんな俺の前にクロスが駆け寄り――


「おたんこなすびっ!」


 思い切り、ビンタをした。


「え……? え……?」


 どういうこと?


 これは、現実?


 現実だよな、だって頬が痛い。


「なんでクロスが……」


「うっさい! 今それどころじゃない!!」


 クロスはそのまま蟹の群れに突っ込んで行く。

 手近な蟹に剣撃を叩きこむ。


 まるで舞踏のように流麗な動きだった。


 彼女の周りだけ時間がゆっくり流れているようにすら感じるし、手にした雷属性の剣の軌跡が、まるでバラのつるのように美しくたなびく。


 腕を断ち切られた蟹からまき散らされる体液すら、天気雨のような味わいを見せている。


 彼女より『ガーデン』が上手いプレイヤーはいるだろう。


 でも、これほど美しく動けるプレイヤーは、彼女しかいないのではないか。


 だが、クロスの周りには蟹が殺到している。自動車よりもでかい化け蟹が、あまりにあつまりすぎて押し合いへし合いしながら彼女に迫っていた。


 クロスも俺と同じように手近な蟹から攻撃して行ってはいるが、数が多すぎる。


 集中力は必ず切れる。


 火災鎧も暴走モードのまま奥でうごめいており、いつまたレーザーを放ってくるかわからない。


 助けないと。


 体を起こそうとするが、動かない。

 なんとか彼女の背に手を伸ばそうとして――


「がはっ……!」


 口から血の塊がごぼりと漏れた。


 ああ、そうか。

 ショック状態だ。


 体力が0になっていたんだ。

 だからもう、動けない。


 そしてそれは、クロスが助けてくれなかったら、ソロ判定でそのまま死んでいたんだ。


 クロスに救われるのは、二度目だ。いや三度かもしれない。

 助けないと。


 くそっ、動け。

 なんで動かない。この体は。


 なんでそんな仕様にした。

 自動回復にしていればよかったのに。なぜしなかった。


 くそ。くそ。くそ。


 ほら見ろ。

 化け蟹がクロスの後ろに回り込んでいる。


 危ない。

 助けたい。

 なのに体は動かない。


 俺が作ったゲームなのに。


 くそ。くそ。くそ。くそ。くそ!!

 ちくしょう!!


「はい動かない☆」

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