第30話 元凶

 そいつの出現した瞬間、凍り付いたように火災鎧の動きが止まった。


「あ……あ……」


 リュウズが、言葉を失う。


 それも無理はない。

 あいつが、出てくるはずがないんだ。


 祭法王魔は、全エリアをクリアしないと登場できない。専用ステージ「文字盤の空中庭園」以外には登場設定をしていないキャラだ。


 ここにいるはずがない。いていいはずがない。


「僕がここにいるのが不思議だって顔だ~ね」


「祭法王魔は「僕」だなんて言わない。あいつの一人称は「儂」だ」


「きゃっはっはっはっ、そうか、君「も」いわば「神」だ~ね」


 祭法王魔が笑い、空中をゆらゆらと浮かんだままたゆたう。


「やはり、貴様が『神』だな!!」


 予想が合っていたとはいえ、それでこの煮えくり返ったはらわたが収まるわけじゃない。


 いや、むしろもっと心が荒れ狂っていく。


「貴様が、プレイヤーたちを巻き込んだ元凶か!!」


「そうだよぉ」


 けろりとのたまう。


 斬りつけたい衝動が心中に跳ね起きたが、あいつもわかっているのか、ジャンプ斬りが届かない範囲に浮いていた。


「なんでそんなことを!」


「そ~れ、答えなきゃダメ?」


 またケタケタと笑い出すゴミ野郎。

 言葉の端々に、嘲りの色がこれでもかというくらい塗り込められている。


 頭の血管がブチ切れそうだ。

 思わず怒りに任せて罵声を放ちそうになったが――


「神よ! プレイヤーのみなさんを解放してください! ワタシはどうなっても構いません!」


 叫んだのはリュウズだった。

 それを聞いた王魔は、心底辟易したように表情を歪ませた。


「プログラムは黙ってろ。僕はシグマと話しているんだ」


「きゃあっ!?」


 王魔が掌をかざすと、リュウズの体がビクリと跳ね、その場に固定された。

 金縛りか、もしくは昆虫採集のピン止めのようだった。


「リュウズを離せ」


「なん~で? た~だのプログラムだよ? それは君が誰より知ってるはずだけど?」


「違う。俺はリュウズに「きゃあ」なんてセリフは実装していないし、想定もしていなかった。バトルがないからな。だからもうプログラムなんかとっくに超えてる。二度とプログラムだなんて言うな」


「ふぁっはっはっはっ。無敵判定を利用した人間がよ~く言うよ」


 それには返す言葉もない。

 だが、貴様を許す理由にはならない。


「も~ちろん、ここまで再現した世界で、規定のセリフパターンだけというのも無理があるさ。だ~から、彼女を始め、NPCには補完がかかっている。君のゲームで言えばモーションの補完のようなものさ。個性のように見えるのは、自動生成された補完にすぎない」


 モーションの補完ときたか。

 キャラクターのモーションは、その全てを手付けしていたら作業量が膨大になる。


 だからキーとなる動きだけを作って、後はそれをゲームエンジン側で補完し、自然な動きに見せるように作られている。


 それの、人格版だと言いたいらしい。


「それがどうした」


「は?」


「感情移入させた時点でもうそのキャラクターの勝ちだ」


「きゃっはっはっはっ」


 俺の言葉に、今度は心底楽しそうに笑いだす王魔。


「い~や、実に独特な思考だ。他の有象無象のプレイヤーとは価値観が違って面白い。キミは最初から参加させるべきだったな」


「なぜ『ガーデン』を選んだ。なぜプレイヤーを巻き込んだ。お前は誰だ」


「きゃはっ、せっかくなら全部クリアしてから僕のところに来なよ。そしたら全部教えてあげるか~らさ」


 王魔がゆっくり上昇を始めた。


「行くさ。お前をぶちのめしに」


「そ~れは楽しみだなぁ……せっかくラスボスに受肉したんだ。そのくらいの楽しみはあってもいいよね。正直さ、神のロールでエンディングまで待ってるのも退屈だったしね~」


 その顔に、亀裂のような笑みを浮かべて、肩を震わせる王魔。


 反吐が出るような顔つきだった。


「……ああ、それと」


 ピタッと感情の消えた声で、王魔がつぶやいた。


「リュウズの無敵判定を使うのはさー、冷めるから禁止にしよう」


 王魔のひと睨みが、リュウズを貫くと、時間が動き出したかのようにその場に崩れ落ちた。


「かはっ……!」


「大丈夫か!」


「は、はい……でも、おそらく無敵判定は消えています。……感覚でしかありませんが……」


 それはそうだろう。


 あいつが「神」だとするなら、口に出したことを実行するのくらいたやすいはずだ。


「そ~んなつまらないことをしてくれたんだ、ペナルティは受けてもらわないとね」


「なに?」


 上空へ消えていく王魔が、その消える間際、不穏な言葉を残した。


 ペナルティ。


 あのクソ野郎が言うんだ。

 ロクなものであろうはずがない。


 そう確信した次の瞬間、町の入り口からけたたましい音が響いてきた。

 石畳を硬質の何かが叩きまくる音――


「……っ!」


 それは、大量のストーカークラブが這いずる足音だった。

 町の入り口を埋め尽くす、大量の蟹。蟹。蟹。


 クリスマス島の名物・蟹の大移動を数十倍に巨大化させたような地獄の有り様。

 がちがちとハサミを打ち鳴らしながら、蟹の群れが迫ってくる。


『オオオオ……』


 おまけに、火災鎧の硬直まで解けて動き出した。ぬうと持ち上げられた大剣は、断頭台のようにすら見えてくる。


「が~んばってね。きゃーっはっはっはっ!!」


 もう姿の無い上空から、王魔の声だけが降ってきた。


「くそったれが、絶対にデータ消去してやる……! 上書きして不可逆に消してやる!!」


 俺の王魔をめちゃくちゃにしやがって。


 リュウズをバカにしやがって。


 プレイヤーを殺しやがって。


『ガーデン』を地獄にしやがって。


 あの野郎だけは、何があっても絶対に許さない。

 必ずこの手で始末する。


 だから――


「何とかここを乗り切らないとな……!」


 殺到する化け蟹、炎の剣を振り回す火災鎧を前に、剣を握り直す。


「リュウズ! 教会へ走れ!!」


「そんな!? ワタシも残ります!」


「アホか! 無駄死にするだけだ!! とっとと行け!!」


「シグマ様はどうされるのです!?」


「俺はこいつらを引き付ける! もう火災鎧を倒しきるのはムリだ。せめて別のエリアまで引き付けて町でリポップしないようにする!」


「危険すぎます!」


「うるせーっ!! さっさと教会に行け!!」


 リュウズを突き飛ばす。

 手加減するだけの心の余裕はもうなかった。眼前まで蟹は迫っているのだ。


「わ、わかりました! 教会に助けを呼びに行ってきます……!」


 馬鹿だなあ。

 助けなんて来やしないよ。


 俺のせいでみんな地獄を見てるんだ。

 でも、リュウズがそう思うんならそれでいい。


 それで離れてくれるなら好都合だ。

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