第29話 祭法王魔

「シッ、シグマ様っ! ワタシ、で、でで、で、できましたっ!」


 心底怯え切った顔で、リュウズが震えながら言った。


「頑張ったな。その調子で、頼む!」


「は、はぁい!」


 自分でも最低だと思うが、これしかない。

 すなわち――


「ワタシ、頑張って盾になります……!」


 リュウズを盾にして戦う作戦だ……!


 セーブポイントを担当している彼女は、NPCの中でも特別な存在だ。ただの町人たちとは違い、モンスターの攻撃を一切受け付けない。


 というより、ダメージ判定自体が発生しない、完全無敵のキャラクターだ。延焼をはじめとする状態異常も一切判定が発生しないので、燃えたりもしない。


 教会が燃えないのは、専用建築物で破壊後のオブジェクトが存在しないためだが、リュウズたちが攻撃を受け付けないのは全く別の理由だ。


 これはストーカークラブを作った際に、町の中まで敵が入って来るという場面が生まれたことから必要になった処理だ。


 リュウズやショップ店員が殺されてしまうと、以後その施設が使えなくなり、著しいユーザー不利益を生むために、ダメージ判定を消している。


 そういう意味では、建物が汎用のために倒壊している鍛冶屋なども、中ではショップ店員は健在である可能性が高い。……後で助け出そう。


『オオオオオオオオ!』


 剣を握り直し、再び襲いかかってくる火災鎧。


 剛腕が風を切り、燃える剣の切っ先が、リュウズの頭――の後ろにいる俺を目掛けたが、やっぱりリュウズの頭に叩きつけられた。


 再び、岩などの非破壊オブジェクトを攻撃した時特有の、ガィンという音と共に剣が弾かれる。


 チャンス!

 俺は踏み込み、剣を火災鎧の胴に叩き込む。


『グオ!』


 それもただの剣じゃない。火炎系の敵に特別効果の高いアイスオンエッジという武器だ。


 これはディレーキアのエリアでレアドロップする属性武器で、ドロップはエリアに入りなおし、『剣の小庭』に入りなおすたびにリセットされる仕様だ。


 クロスにリュウズを呼んできてもらうまでの間、何度もディレーキアのいた辺りまで戻ってゲットしてきた武器だった。


 その苦労の甲斐あって、鎧にぶつかったというのに、金属の抵抗感をほとんど感じさせず、まるでスイカを包丁で断ち切った時のように振り抜けた。


 鋭い氷の刃が、鎧の脇腹をえぐりとり、そこから炎が噴き出した。


『グオオオオオ!!』


 火災鎧はその名の通り、実は鎧が本体だ。

 これを破壊しつくせば倒すことが出来る。


 リュウズを盾にするという最低の作戦で、防御に注意をほとんど払わなくていいため、攻略が圧倒的に楽になっていた。


 本来、こんな卑怯な攻略はできない。


 火災鎧はバトル専用エリアから出てこないし、リュウズも戦闘には参加しない。

 コイツが町に現れるという、いわばバグを利用した攻略法と言えた。


「行ける……!」


「はいっ!」


 リュウズが声を弾ませて言った。

 火災鎧が攻撃の予兆モーションをとる。


 リュウズの影に隠れる。

 攻撃をやり過ごす。


 即座に剣を叩きこむ。

 広範囲攻撃にだけ気を付けて、これを繰り返す。


 火災鎧の金属部分がどんどん剥離していく。炎で形作られた仮初めの肉体が、露わになっていく。


 完全に鎧を失うまでは四肢の機能を炎で補い続けるが、鎧の禿げた個所の炎は、弱々しくなっているのがわかる。


 問題は、制限時間だ。

 1時間で撤退し、再出現の際は大幅に体力を回復してしまう。


 これも諦めなければいつかは倒せるというゲームデザインゆえだが、今はそんな時間は無い。


 コイツが存在する限り、町は町として存在できない。

 一刻も早くコイツを倒し、町に平穏を取り戻す。


 絶対に、逃がさない……!

 削る。削る。削る。


 とにかく削っていく。

 攻撃しやすい前面の脛や腹は鎧がほとんどなくなり、前腕や腰の破壊も進んでいる。


 そろそろ三十分が経つが、悪くないペースだ。


 本来一人ではこれほど攻撃を叩きこむチャンスはないが、リュウズが体で強引に攻撃を受け止めてくれるおかげで、ソロプレイとは思えないほど打撃を与え続けられている。


 俯瞰をオンにせずとも問題ないくらいに、戦えていた。


 正直、これほどまで楽になるとは思っていなかったし、仕様を考えるという意味で自分の未熟さを痛感する。


 極端な話、プレイヤーがリトライできることを利用して身を挺して壁になり続ければ、同様の攻略も可能ということだ。貫通属性の攻撃も考えるべきかもしれない。


 ……と、こんなことを考える余裕があるほど、順調だった。


 火災鎧の体力が半分を切り、攻撃パターンが変化する。

 これを俺は「暴走モード」と仮称して調整中だった。


 とにかく攻撃が激しく、油断すればあっという間に体力を持っていかれるし、攻撃のチャンスも少ない、極限の集中力を必要とするモードだ。


 ――本来は。


 むき出しになった炎部分から溶岩弾をまき散らし、腕をムチのように伸ばして襲ってくる火災鎧。


 それは火山が突進して来ているかのような猛威。

 だが、これもリュウズに隠れれば全く問題は無い。ガィンガィンうるさいだけだ。


 もはや、作業。

 あとはミスなくやればいい。


 勝てる――!

 そう確信した、次の瞬間――


「はぁ~、つ~まらないことをしてくれるね」


 心底つまらないような声が、頭上から降ってきた。


「貴様は――!」


 空に浮かぶ、一つの影。


 豪華絢爛な金糸の刺繍が施された真っ赤なローブ、宝石が散りばめられた巨大な王冠を纏う、白髭の王――


「祭法王魔!!」


 ラスボス『祭法王魔』に他ならなかった。

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