第19話 存在しないボスキャラ
町が燃えていた。
煙突から炎が噴き上がり、木造建築はことごとく炭と化し、石造りの家は崩れ始めている。
町の石壁を煤で黒く染めながらも、火の勢いは留まるところを知らない。
人間の叫び声が聞こえる気がするが、火勢が強すぎてそれがどこからなのかわからない。
視界が、オレンジに支配されている。
「な、なんなのヨ……こんなの、知らない……こんなの『ガーデン』にない……!」
アキヤマが驚くのも無理はない。
そうなんだ。
こんなこと有り得ない……!
俺はこんな仕組みを作っていない。
確かに町はステージにも使っている汎用素材で作っているので、燃える判定はあるし、燃えた後の素材もある。
だが、ステージ炎上攻撃を持つ敵は、7時の魔針体リビングトーチカと12時の魔針体の魔王戦車だけだ。こいつらは市街戦を想定しているので、専用のステージである廃墟とゴブリンの町――素材は「等しき地」の町と同じ――で戦闘し、エリアを燃やす。
でも、「等しき地」に来ることは絶対にない。
ここに入れるのは完全追跡属性を敵で唯一持つ、ストーカークラブだけだ。
……
ふと、何かが頭を過ぎった。
何か、忘れている気がする。
それは致命的な――
「おい、ボーッとしてんな! 教会行くぞ!」
ゴールデンに肩を掴まれ、自分が意識を飛ばしていたことに気づく。
そうだ、彼の言うとおりだ。
教会は破壊属性を一切持たない設備。専用素材で作られているし、そもそもセーブポイントの破壊は有り得ない。リュウズのいるそこだけは、ストーカークラブすら入っていけない完全安全地帯だ。
「あそこなら、生存者がいるかもしれねえ!」
「あ、ああ……」
「この風向きなら……あっちから回れば行けるはずだ!」
ゴールデンに促されるまま、俺たちは火の粉が舞う町を走り出した。
彼の指示は的確で、建物の崩壊で遠回りをすることもあったが、着実に進んでいけている。
教会は「等しき地」の中央にある。そのおかげで360度のどこからでも向かうことができた。遠回りもムダにならない。
「あ、貴方、何かやってたの? 凄い……」
「リアルじゃ、消防士でね」
「ああ、そういうこと。カッコイイじゃない」
クロスが感心しているが、俺はちょっと別の部分で感心していた。
建物の崩壊や炎上は、物理演算なので比較的リアルなはずだ。であれば現実の経験が活かせることもあるんだろう。それは、作った側としては嬉しい。物理演算はあくまでフリーのゲームエンジンの機能によるので、俺の手柄ではないのだが。
とにかく、ゴールデンの的確な指示のおかげで俺たちは教会が目視できる位置までこれた。
「ラッキー♪ 教会は燃えてないヨ☆」
「あそこ、ゲーム的に破壊できないんじゃない」
火の手が回っていないというより、火勢を一切受け付けていない。
俺たちと同じように考えたプレイヤーは多かったらしく、他にも無数の人たちが教会へ向かっていた。数としては30人ほどだろう。
討伐に向かっていた俺たちよりも町にいたプレイヤーの方が早く向かっているのは自然だが、それにしては少ない気がした。大半は逃げたか、もう中に入っているのだろうか。
教会へ100メートルほどまで近づいた時だろうか。
その大きなドアが開いて、中から見覚えのある人影が飛びだしてきた。
ビスクドールのように美しい肌が炎を照り返し、口が動いているように見えるが何と喋っているかまでは聞こえない。火勢の猛りがうるさすぎる。
口の形はA、Eか?
リップシンク――ボイスと口の形を合わせること――が動作しているかさんざん確認してきた俺にはわかる。あれは――
「ダメ、か!? どういう意味だ! リュウズ!!」
大声で叫んだが、届かない。
先に教会に駆けていた人々も構わず進み続ける。
次の瞬間――
飛んだ。
「はぁっ!? 何よアレ!?」
10数人の人が、ひっくり返したジグソーパズルのようにバラバラと宙を舞った。
悲鳴が上がる。
その悲鳴を切り裂いて、新たに数人が吹っ飛んだ。
舞い上がった人々は、そのまま空中で燃え上がる。
「バカな……! バカな……!?」
俺は、目の前で起こるそれを信じられなかった。
目の前に現れたそれを、信じられなかった。
「何だよアイツはよお!! あんなん見たことねえぞ!!」
「隠しボスかなにか!? あーしもあんなん知らないよ!!」
炎の中から現れたそれは、塊だった。
3メートル以上の巨体の鎧騎士。燃え上がる鉄塊。
『オオオオオオオオオオオオ』
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