第15話 死ななきゃ安い

 意識を俯瞰状態にスイッチする。

 ミステリーサークルの上で戦う自分、そして画面の半分を占有する大魔女ディレーキア。


 さぁ、気合を入れろ。気合をいれてリラックスだ。

 なぁに、倒す必要はない。時間さえ稼げばいいんだ。


「ダンスのお相手してもらおうか、ma001」


 データ管理番号ma001――大魔女ディレーキアは竜を口からはみ出させたまま、怒りに燃える目で火の玉や煮えたぎるろうそくを次々と放ってきた。


 全部はかわしきれない。ダメージは蓄積していく。構うものか。死ななきゃ安い。


 かわす、斬る、かわす、斬る、斬る、危ない欲をかいた、痛い、かわす、斬る――


『ピギャアアアアアアアアアア!!』


 呪文の破壊力で地面が割れ、マグマが噴き出してくる。

 ダメージ段階で変わるステージ演出、早いな。


 アイツの体力が半分以下になった時のはずだ。まだそこまで攻撃は――


 ……ああそうか、クロスも相当にダメージを与えていたんだ。


「すごい」


 思わず声を漏らしていた。

 本当にすごい奴だ、クロス。たった一人で、半分近くまでコイツの体力を削っていたのか。


 もともと死なせる気はなかったけど。

 でも、絶対に助けなくては、と心に誓う。


 斬る。突く。斬る。かわす。かわす。斬る。かわす。かわす。斬る。


 一心不乱だった。

 俯瞰する世界が白く見えるようだった。


 ああ、これは単なる疲労ではなくて、脳が俯瞰という日常には存在しない異常な処理負荷を抑えるために、他の処理をストップさせているのだ。


 色が消え、時間の感覚が消えていく。

 視界の端を筋肉ゴールデンが駆け抜けていく。いいぞ。クロスを助けてくれ。


 俺はコイツの相手をする。気を引き続けないといけない。


 おっと危ない、魔女の手の中で生まれた攻撃判定の広い「貫きの枯れ枝」攻撃がその枝を伸ばして突き刺そうとしてくる。細い枝は剣で切り払って、幹は体を回転させて前進すると同時にかわす。


 そうして飛び込んだ魔女の懐ではちょうど手が下がっている。よし、じゃあここを攻撃だ。


 一発、二発。大丈夫、ギリギリで三発は入るように作ってる。

 っと、痛いな。ああ、枝をかわしきれてなかったのか。脇腹が痛む。


 まぁいいや、耐えられる痛みだ。俯瞰する視界の端でアキヤマとストリンドベリが見えたから、俺にバフ(能力上昇)効果魔法をかけてくれたか、敵にデバフ(能力減衰)効果魔法をかけてくれたのか、あるいは両方か。


 ああ、楽しいな。


 攻撃と回避のバランス。気持ちいい。


 攻撃、攻撃、回避、攻撃、回避、回避、攻撃――


 ただ難しいんじゃなく、気持ちいいバランスを目指してきたんだ。


 タンタンタタタンタンタタンタン……


 こうもテンポがかみ合うか。

 ああ、俺が作ったんだから当たり前か。


 ダメだ集中しろ、斬れ斬れ。

 よーし、どんどん攻撃が当たるぞ。


 おっと攻撃だ。


 かわせかわせかわせ長いなかわせもう少し攻撃密度が小さくてもよかったかかわせかわかわせ――


「あれっ……」


 俯瞰画面の中で、誰か倒れている。


 ああ、「煮えたぎる槍」の33本目をかわしきれなかったのか。

 このままだと34、35本目が連続ヒットして死んでしまうぞ。


 起きろ。


 違う、ああ、あれは俺だ。

 倒れてるのは俺だ。


 道理で口の中に藁の味がすると思った。


 気づいてしまえば俯瞰はオフになる。


 反動なのか、急に頭の中でブリキのバケツが乱打されているような、激しい頭痛が襲ってくる。胃がきゅうきゅうと絞まり、吐き気がこみ上げてくる。


 なんとか顔を上げるが、正面にはまた呪文の帯を掌に集める大魔女。

 ああ、やばいなコレ。体力がもうない。


 これは死――


 と――


「っしゃおらァ!」


 黒髪色黒の大男が視界の端から猛スピードで突っ込んできた。


 その勢いで倒れた俺を吹っ飛ばして追撃を強引に断ち切る。転がるように、いや転がって吹っ飛ぶ俺。


 さっきまで自分がいた空間にマグマのように熱されたろうそくが2本突き刺さっている。


 おい、何をしてるんだ、ゴールデン。

 ダメじゃないか、クロスを助けないと。


「動くんじゃねえ! ヘイトがお前に向く! 筋肉ゥヘイトコントロォォォルッ!」


 ポージングを決めて魔女の注意を引くゴールデン。


 ヘイト? なんのヘイトだ?

 ああ、ボスのターゲッティング優先度のことか。ゲーム内用語じゃないもんな。


 いや、そんなことはどうでもいい。クロスのほうに行け。


 ……ダメだ。声が出ない。


 そうか、俺は「ショック状態」なのか。いつも1人でテストプレイしていたから完全に忘れていた。


 複数プレイヤーがいる際は、体力がゼロになっても即死にはならずに、一度だけ一定時間「ショック状態」で動けなくなるんだ。その一定時間内に仲間が回復してくれれば助かる。


 考えてみればクロスもそうだ。


 じゃあ彼女は助かったのか。


 そう思った瞬間、金の長髪がはためき、軽装剣士の女性が飛びだした。


「もう、まだ動いちゃダメだってばっ!」


 小動物のようにトコトコ駆けてきたのはアキヤマだ。


「にゃっは・ふ~!」


 手に捧げ持つ杖が赤と青の二重の魔法陣を描き、軽装戦士の足に青、大剣に赤の呪をまとわせる。ダブルスキル――ゲームでは高度なコマンド入力を必要とする同時発動技だ。こんなに慌ててる中でサラッと使うなんて、やっぱりアキヤマはすごい。


「こうなったらもう倒すっきゃないヨ☆」


「ん」


 振り向くアキヤマの視線の先には毛玉のようなストリンドベリ。


 彼はトネリコの杖に緑色の魔法を集中させて、蛍の群れのように拡散させた。緑の小さな光球がディレーキアにまとわりついていく。


 敵の防御力を減衰させる「蛍舞い」だ。


 その光の群れを押しのけるように金髪の軽装剣士が大剣をディレーキアの足の甲に突き刺す。

 大魔女が恐竜のような鳴き声で呻く。


 怒り狂い、振り下ろした掌を受け止めたのはゴールデン。


「おおおっ! 筋肉ガードッ!!」


 非魔力攻撃に対するジャストガード。特定のタイミングでガードすることでダメージを無効化して相手に隙を生む技だ。力士の基本スキルだが、非常にシビアなタイミングであり、成功させたことより大魔女相手に仕掛けた度胸がすごい。


 ゴールデンが腕を受け止めたことで、それは伸びきっていた。


「もらったっ!」


 軽装剣士はその腕の上を駆けがっていき――


「うああああああああああああああああっ!!」


 魔女の胸目掛けて大剣を突き刺した。


「おおおおおお、いい場面☆ ああもう、配信したかったあああああああああ!!」


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……』


 ディレーキアの断末魔がアキヤマのアレな叫びと混じって森を揺らす。キノコの胞子が吹き上がり、タンポポの綿毛のように森から吹き上がった。


 それが奥まったここまで飛んでくる中、ふわりと降りてきたクロスは、やっぱり女神のように、美しかった。

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