第14話 弾幕シューティング

 ゲームでは画面に入りきれないくらいの巨大ボスとして配置したが、ここまで巨大だという実感はなかった。


 だって、まだ俺たちは森側にいて魔女と接敵していないのに、視界に収まってないのだ。


 それが、地面に両手を叩きつけて暴れまわっている。


「これ、ありえないっショ……」


 頬を引きつらせてアキヤマ58が言う。


「マジでこれ作ったヤツ何考えてたんだよ……」


 すまんゴールデン。


 同感だ。


「クロスはどこだ!」


 ストリンドベリがひげもじゃの口を開いて叫ぶ。

 それで巨大さに飲まれていたことに気づく。


 ディレーキアの体が巨大すぎてよく見えない……!

 おそらく魔女の向こうにいると思うのだが、近づかないとわからない。


 いや、まだ彼女は無事なはずだ。まだ間に合う!


 こちらに大魔女が向かってこないということは、奥に別のプレイヤーがいるときの挙動設定だからだ――!


「俺が行く!」


 背中に止める声を聞いたような気がしたが、止まることなく走る。


 ディレーキアのローブは幾重にも重なって足元まで覆っているので、股下はぐれない。一応言っておくが、くぐったところで足が無から生えているだけで、下着はおろか腰すらも存在していない。見えるところだけ作る、3Dモデルあるあるだ。


 脇を一気に駆け上がる。足元にはキノコや木々が微塵に踏み砕かれているため、子どもの履くサンダルのように空気の圧を足裏に感じる。背景は見た目のイメージのみ伝えて発注していたが、実際に踏むとこういう感触なのか……と、そんなことはどうでもいい。


 余計なことを考えるな。集中しろ!

 クロスの命がかかってる!


 だが俯瞰はオンにできない。


 間合いを取らずに俯瞰などしようものなら、ディレーキアの巨体ゆえに余計視野が狭くなってしまう。


 そのディレーキアは喚き声を上げながら、掌で地面に叩き続けている。


 これはこの魔女の攻撃パターンの一つ。ライフが80パーセント以上残っているときに自分の正面に敵が接近した際に高確率で発生するもの。


「……クロスは正面にいる!」


 頭上でちらつく巨腕をかいくぐり、一気に前へ。


 瞬間、目に入ったのは、倒れている人影。自動車事故のように吹っ飛ばされて地面を擦り、そのまま遠くで倒れている。


 生きているか、ここからではわからない。

 意識を失っているだけかもしれない。


 だが、もし追撃されたら確実に死ぬ。


 本ゲームのモンスターは、プレイヤーのライフがゼロになっても、必ずしもすぐに攻撃を止めたりはしない。モーションによっては、あまりに不自然に見えてしまうためだ。


 つまり、このままだとクロスが追い打ちを食らって確実に死ぬ! あのジョブはボスクラスだと二撃食らったら死ぬ体力しかないんだ!


「こっちだ!!」


 俺はディレーキアの横っ腹を剣で斬り裂いた。

 ゴムタイヤにバットをぶつけたかのような、強烈な弾力。


 剣を振りぬくのがやっとで、あまりに力を込めるものだから、切っ先が抜けた際に体が持っていかれるような感覚すら覚える。


『オギャアアアアアアアアアアアアア!!』


 痛みに魔女が叫び声を上げた。怪獣の鳴き声のように聞こえるそれは、人間とは異なる言語という設定だ。だが、今はそんなことはどうでもいい。


 もっと集中しろ……!


 俺の方に気づいた大魔女は、両掌に光を集め出した。

 周囲に呪文らしき文様が帯状に現れ、その掌に集まっていく。


「おい、やべえぞ! 「煮えたぎる槍」だ!」


 背後で筋肉ゴールデンの叫びが聞こえた。わかってる!


 呪文が煮えたぎる36本のろうそくになって弾幕シューティングのように突っ込んでくる攻撃だ。


 安全地帯はない。全部見切ってかわすしかない!


 集中力が切れた瞬間に、一発くらい二発くらい、と連続ヒットでお陀仏という性格の悪い攻撃を、必死の体捌きでかわしていく。8、9……ろうそく表面で爆ぜるしぶきが肌を撫でて熱を感じるが無視して突き進む。15……16……。


 コイツをクロスから引きはがすどころじゃない。19……20……攻撃が凄まじすぎる。


 ゴールデンたちも近づけないだろう。22……24……。


 槍は放射状に飛ぶから離れればかわしやすい。だがそれだと追撃できず、連発されてしまう。26、27……引けない。


「あああああああっ!」


 35、36本目を前転で一気に回避。

 そのままの勢いでディレーキアの前に回りこむ。


「こっちだ!!」


 剣を振り回し、ディレーキアを引き付ける。こいつの思考AIは、もっとも近くで動く相手を優先的に追いかける。


 クロスが気絶している今、俺が引き付けておけば、ゴールデンたちがクロスを助け出してくれるはずだ。


 ディレーキアが髪の毛を針のように伸ばして突き刺そうとしてくる攻撃を、切り払いながら、奥のスペースへと誘導していく。ステージの最奥にはボス討伐後に高レベル武器がドロップする『剣の小庭』のためにミステリーサークルのように開けた野――いわば空き空間がある。


 そこまで引きずり込めばいい。デフォルトのバトルエリアより狭く、戦うのは大変だがそんなこと気にしている場合じゃない。理論上、『剣の小庭』で全ボスを倒すことができるし、ゲーム内実績トロフィーでも「サークルクラッシャー」はその方法でしかとれない。


 大丈夫、テストプレイでは何度だってクリアした。俺を信じろ。俺は開発者だ!


 ディレーキアの呼び出す、ろうそくが頭にしだれかかったカボチャの怪物――ランタン・ランタンの群れをカチ割り、ディレーキアの足の小指に剣撃を叩きこんでいく。


 魔女め、痛かったらしく、まんまとオレに近づいてくる。小指と他の部位でダメージに差異はないが、気分は悪いか。


 上手く『剣の小庭』まで釣り出せたな。頼むぞゴールデンたち。


「――俯瞰、オン」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る