第12話 咆哮

 俯瞰、オン。


 自分の脳内のスイッチを切り替える。

 まさに鳥になって後方の空から自分の背を見下ろしている感覚。


 正面には、キノコ人間マタマタタンゴが三体。全身からキノコを生え散らかした木人であり、ボクサーもかくやというパンチを放ってくる強敵だ。熟練のプレイヤーでも囲まれればゲームオーバーになる。


 そのマタマタタンゴをステップで同一射線上に誘導。

 一体を壁とすることで実質的な一対一を作り出す。


 そうなれば後はカンタンだ。

 コイツのモーションから猶予フレーム(隙)から全部頭に入っている。


 腕を振り上げたら、ここは待ち。攻撃は一発入るくらいの猶予フレームは設けているが、トドメでない限りは反撃をくらってしまうタイミング。


 バックステップで振り下ろしを回避すれば、更に相手の隙が大きくなる。そこに剣を胸目掛けて突き入れる。


 急所にヒットしたマタマタタンゴが、ゴムを焼いたような悲鳴を立てた。刺している間はダメージが継続するからほとんど仕留めたようなものだが、コイツの後ろにはまだ二匹いる。


 よく見てみれば、更にその後ろは沼があった。実はそこは浄化後の泉に当たる場所なのだが、今は紫色で泡立つ不潔な水が溜まっている。沼の幅は20メートルほどで汚染物質は滞留しているが、浄化後は正常な小川まで出来るようになっている。


「ラッキー!」


 急所命中で硬直している一匹目に体当たり。


「ゴールデン! 押すのを手伝ってくれ!」


「お、おう! 筋肉の活かし時だぜ!」


 ゴールデンの力を借り、二人で体当たり。

 吹っ飛ばされた一匹目が、後ろの二匹を巻き込んで沼に落ちて行った。


 三匹はもがくがすぐに沈んでいった。さながら蟻地獄に吸い込まれる蟻だ。

 ちなみに、ここに敵を突き落とすとゲーム内実績トロフィー「ホールインワン」がもらえる。


 この実績トロフィーはプラットフォームの機能であり、ゲーム自体の機能で表示しているわけではない。つまり、ゲーム機側の機能を使って実績というのは運用されているわけだ。


 ポコッと実績トロフィーがポップアップしないあたり、プラットフォーム系の仕組みは再現されていないらしい。あくまで俺の作った範囲の再現ということだろうか。


 この辺、突き詰めて考察したいところだが、その余裕もない。

 10番目のエリアにふさわしい敵のラッシュ。虫や獣が次々押し寄せる。


 巨大な毒蛾が襲ってくるのでジャンプして上から切り伏せる。コイツは弱いが下から攻撃すると毒の鱗粉をまき散らす。上から倒すか遠距離攻撃がベスト。


 返す刀で横に迫っていた白い猿を斬り、そのまま剣を足元に盛り上がってきた土を突き刺す。


 すると、角のあるモグラが飛びだして来るので、そいつごと串刺しにする形で猿を貫く。猿とモグラの絶命を確認して剣を引き抜いた。


「ふぅ……」


 ようやく敵の攻撃がひと段落した。


 流石に敵が無限湧きして押し寄せるレベルデザインにはしていない。敵のリポップはボリューム(特定範囲)の切り替え時に起こるから、その内部的な切り分けを覚えていれば、敵の追撃を発生させず休憩ができる。


 俯瞰をオフにする。

 頭痛がし始めていたので、いずれにせよ休憩は必須だった。


「アンタ……ほんと、めちゃくちゃ強ぇな……そんな筋肉も多くねえのに」


 呆けた顔で肩を叩いてきたのはゴールデン。


「ねー。こんなに上手かったら、あーしも商売上がったりヨ。……ホント、あーたが配信者じゃなくてよかった……っていうか、あーた、動きがゲームそのものじゃないのヨ? ホントはゲーム再現してみた系の動画配信者なんじゃないの?」


 困り顔で言うのはアキヤマ58。


「違う違う……」


 自分を俯瞰で見ながら操作しているイメージだと伝えたら、真剣に驚かれた。

 この世界にきた人間だったらみんな出来るというような類でもないらしい。


 まぁ、多用すると頭痛がひどいし、やらずに済むならそれにこしたことはないだろう。


「それより、クロスはどこまで行ってるんだろうな?」


 10時エリアは、主に二通りのルートがある。

 敵は少ないが遠回りのAルート、敵は多いが近道のBルート。


 俺たちはBルートを選んでいた。


 これは、もしBルートをクロスが選んでいた場合、こっちからでないと合流に時間がかかりすぎることと、仮にAを選んでいたら先回りできるためだ。


「こりゃ、Aから行ったのかもしれねえな。全然姿が見えてこねえ」


 キノコの森の奥を手で双眼鏡のポーズをとって見つめてから首を振るゴールデン。


「かもネー。だったら先回りもできそうかな☆」


「どうだろうね。あの子の性格だ。脇目もふらずに一気に森を抜けているかもしれない」


「きょ、きょうは妙に喋るんだな、ストリンドベリ」


「普段は僕がしゃべるまでもないということだよ。それより、先を急ごう。先回りできるならそれに越したことはないだろうからな」


 ストリンドベリの真剣な物言いに一同が頷いた、その直後――


『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

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