第10話 クロスファイア・クロス・クルセイド
「バグを利用……?」
「にゃっは・ふー! そうなのナ。当たり判定の抜けとか、ゲームのまま残ってるのヨ☆」
ちょっと、待て。
だとすれば、『神』とやらは、本当にゲームの仕様まで取り込んで世界にしたってことか?
全知全能とは……違うようだ。
もしそうなら、バグなんか消して世界を作るはずだ。
いや、あるいは、バグすらも再現してしまう完璧主義者か……?
これは、重要な情報な気がする……。
それはそれとして、バグを利用されてると言われるのは、開発者として恥ずかしい……。
本来取り去ってないといけないものだからな……。
まぁ、残ってるものがあるのも把握してるけど……。ここまで複雑化した現代のゲームでバグを完全にゼロにするのは、現実的じゃない。
「とにかく、魔針体を一人で倒すような強者がいるんなら、仲間にしない手はないわけだ。オレたちは攻略を諦めてないからな。……向こうでやることも残ってる」
オレたち、ということは、諦めている者も少なくないということか。
命がけで攻略してまで帰りたいと思わないのは自然だ。
だからこそ、魔針体が倒されてこれだけ大騒ぎになるのかもしれない。棚からぼたもちの最たるところと言えるだろう。
アキヤマたちはそうでないからこそ、必要以上に大騒ぎしていないのだ。
だとしても――
「……考えさせてくれ」
「ふぇ☆ ……それマジで言ってる?」
面食らった様子の一同。
「なんでだ? 悪い話じゃないと思うぜ。こう言っちゃなんだが、オレらより腕が立つグループもねえと思うし、本気で脱出したいんなら一択だろ」
「他人を巻き込みたくない」
「あ? そりゃどういう意――」
と、ゴールデンが言葉を言い切る前に、割って入る影があった。
「おたんこなすびっ!」
その人物はテーブルに両手をドンと乗せ、俺を睨みつけて来た。
吸い込まれそうな青い瞳。
酒場のランタンの灯りに当たって光を散らす金色の髪――
「アタシたちじゃ力不足って言いたいワケ?」
†クロスファイア・クロス・クルセイド†が、怒りに顔を染めて、そこに居た。
そうか、もう一人居ると言っていたのは、クロスのことだったのか。
考えてみれば、アキヤマほどではないにしろ、クロスも有名なプレイヤー。組んでいてもおかしくはない。
それはともかく誤解は解きたい。
「いや、そういう意味では……」
「じゃあどういう意味?」
「それは……」
よく考えたら、巻き込みたくないというのは俺が制作者だからだ。
でも、それを言うわけにはいかない。
しまった……どうするか。
悩んで無言になった間を肯定と捉えたらしい。
クロスは顔をより茹でダコのように真っ赤にしていた。
「魔針体を倒したからって調子に乗らないで! 首狩りサンシャインくらい……アタシだって倒せたし!」
「お、おい、やめねェかクロス……」
ゴールデンが止めに入ろうとするが、彼女は冷静さを完全に失っていた。
「だったらアタシは……10時の魔針体・『竜喰いの魔女ディレーキア』を倒して見せるわ!」
「は?」
俺だけではなく、他のパーティメンバーもその発言に固まった。
ディレーキアは大魔女とも称される大型ボスで、殺意の高い攻撃を次々に繰り出す。
ソロでの討伐はゲーム中でもトップクラスに困難な魔針体だ。
実を言うと、11時の魔針体である『絶対騎士アルヴァレンティン』より強くなってしまったパラメータ設定ミスの産物だ。
だが、その高い難易度がウケたので、今日に至るまでその凶悪な性能は据え置きにしている。
終盤最大の壁が『竜喰いの魔女ディレーキア』なのだ。
軽装剣士では二発攻撃を食らっただけで死んでしまう。
「待て! 自殺行為だ!」
「そうだぜ! 何を張り合ってやがんだ! お前だって2時の魔針体を倒しただろうが!」
「う、うるさい! 黙って見てて! そんなおたんこなすびより役に立つって、証明してみせるから!」
こちらの制止も聞かず、クロスは踵を返して雑踏の中に飛び込んでいった。
「あ~! もう! 何やってんだよ! アイツには相談してなかったけど、別に悪い話じゃねぇだろ……ガキじゃあるまいし」
頭を抱えるゴールデン。
「……子どもなのかもしれないよ」
「あ?」
そこで初めて毛玉――ストリンドベリが口を開いた。
「僕らは見た目こそゲームキャラだがね、中身は小学生かもしれんじゃないか。あの子にとって、パーティのエースというのには、それだけ思い入れが強かったのかもしれない」
さぁ、と立ち上がるストリンドベリ。
「ダダっ子を迎えに行ってやらねばならんだろう。帰って来ない子を見るのはもうたくさんなのでな」
その言葉には、言いようのない重さがあった。
ストリンドベリの人生に何があったのか、余人にはわからない。
それにそれを聞いている時間もない。
「よし、追いかけるぞ」
「え?」
ゴールデンとアキヤマが目を丸くした。
「来てくれるのか?」
「そりゃあ、行くだろう」
人の命がかかっているんだ。
それも、俺の『ガーデン』を遊んでくれているプレイヤーだ。
俺が行かなくてどうする。
「ありがてえ、助かるぜ!」
クロスを追いかけて俺たちは駆けだした。
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