第9話 偽りの名前

「俺は……」


 一瞬、迷う。


 だが、やはりシグマを使うべきではないだろう。

 ただ、呼ばれたときすぐ反応できるよう、大きく変えないほうがよさそうだ。


「俺は、マグマだ」


「へぇ、いい名前じゃねえか」


「マグマ……ナ~」


 じい、とアキヤマが射るような視線を向けてきた。


「首狩りサンシャインを倒すほどのプレイヤーなのに、全然聞いたことないんだけど、そこんとこドーヨ?」


 ……鋭い。


「俺がここに来たのは2週間くらい前だからな。知らなくても不思議じゃないさ」


「……ほー、まだ新人が召喚されてたの? とっくに打ち止めだと思ってたけど……だとしてもいきなり魔針体を倒せるプレイヤーなんかよっぽどの上位プレイヤーだと思うんだけどナー」


 アキヤマの声にはやや疑いの色があるが、俺は別の事を考えていた。

 彼女たちが召喚されたのは、リュウズが言っていたように3カ月ほど前のはずだ。


 だが、アキヤマやストリンドベリのような有名プレイヤーのSNSアカウントが停止したという記憶はない。


 特にストリンドベリのツイッターはよく確認していたから間違いない。

 少なくとも、俺と彼らがこの世界に取り込まれたのは、最大でも半日くらいのラグしかないはずだ。


 ここと現実とで、時間の流れが違うということだろうか……?


「ん☆ どったの?」


「あ、いやすまん。少し考え事をしていた。俺が知られていないのは……単に俺がオフライン専門だったからだろう」


 『ガーデン』はオフラインでも遊ぶことが出来る。オフ専のプレイヤーもそこそこ多いゲームだ。


「ふーん、そういうヒトもいるっちゃいるよネ~……ってかあーしより強いプレイヤーがいるとかフツーに困るんですけど。主に再生数的な意味で」


 ボソッと呟いたその声は、妙にリアルだった。


「……正直、今回のはマグレみたいなもんだ。再現性はないだろう」


「ふーん、アヤシー……でももしホントは有名配信者とかだったらコラボよろ~☆ 最近、放送もマンネリなのよね……早くver.300出ないかにゃ~」


「は、はは……」


「おいおい、んなことより、本題に入ろうぜ」


「あ、そうだった。単刀直入に言うナ? あーしたちのパーティ『ガーデナー』の仲間にならない? ないない?」


 舌っ足らずな口ぶりで、アキヤマ58が言う。この喋りも人気の理由の一つだったように思う。


 それはともかく……仲間か。

 悩みどころだ。


 正直、他の人間を命の取り合いに巻き込みたくない。

 だが、後半の魔針体は、複数人で戦うほうが楽な敵も多いのだ。


「ガーデナー……?」


 考える時間が欲しかったので、とりあえず適当な質問をする。


「深い意味はねぇよ。このゲームにゃパーティ名をつける機能はないからな。ただ便宜上パーティ名がねえと困るんで、つけた名だ。『ガーデン』だから『ガーデナー』。簡単だろ」


「なるほど、パーティー名か……」


 これは盲点だった。

 自分がソロばかりだから気づかなかったが、パーティ名を決める機能があってもいい。


 もし戻れたら追加を検討しよう。


「アンタが『ガーデナー』に入ってくれるなら助かるんだが」


「なぜ……俺が?」


「わざわざ説明するまでもないだろ。魔針体を倒せる人間なんかそりゃ仲間に入れたいだろうよ」


「魔針体たちの討伐は、チームでやってるのか?」


「そりゃ、そーでしょ。ゲームと違ってエリア人数制限はないんだし、人数が多いほど有利になるじゃないかヨー☆」


「まぁ、確かにな……」


 ゲームはあんまりMMORPGのように、パーティ前提にはしたくなかったので、助っ人として別プレイヤーのエリアに入れるのは同時に2人までに制限している。つまり最大3人プレイを適正人数だと定義した仕様だ。


 あくまで個人のスキルアップがゲーム攻略の楽しさに繋がるようにしたかったのだ。


 ただ、時々、期間限定イベントで全員参加型の討伐クエストをすることはあり、システム上多人数プレイが不可能というわけじゃない。普段はふさいでいるだけだ。


 何にせよ、適正人数が1~3のゲームで、多人数で戦えるのは圧倒的に有利だろう。

 戦略としては理に適っている。


 理には適っているが……。


「あーしたちも、『ざらざら石』と『サテライトモルフォジオ』の討伐には参加したのナ☆」


 『ざらざら石』は3時の、『サテライトモルフォジオ』は4時の魔針体だ。それぞれ、巨石に四本足が生えた妖怪チックなゆるキャラ風味のボスと、美しい青の羽根を持ち毒鱗粉をまき散らす蝶で、飛行タイプのボスだ。


 どちらも巨大エネミーだし、多人数プレイで戦うのに向いている。


「まぁ、流石にボスと同時に戦うのは10人未満だったけどな。ゲームと違ってフレンドリーファイアしたら人殺しになっちまう。アタッカーを交代しながら、ちくちく削ってたってわけだ」


「そういうことか。だから首狩りサンシャインはまだ倒されていなかったのか。あれはバトルステージが狭いから……」


 首狩りサンシャインのいる『狭き谷』はその名の通り道幅の狭い渓谷だ。

 そのため、ソロプレイに向いている。


 これは、助っ人ばかりに頼って欲しくないので、中盤に1人で挑むボスを配置したかったため、そういう仕様にしている。


「そ☆ ぶっちゃけアイツは飛ばして、6時の『アンフィスバエナヴェロキラプトル』討伐を進めてたんだけど……こっちも上手く行ってなくてネー……」


「アキヤマほどのプレイヤーでも苦戦してるのか?」


「あのねー、これがゲームだったら誰にも負けない自信はあるヨ? 制作者にだって負けないつもり☆ でも、カラダ動かすこと自体向いてないのナー。それに一発死だけはイヤだしナ~。……ってか有り得んでしょ、即死とか」


「はは……そうだな」


 彼女の言い分は正しい。

 自分が体を動かす以上、向き不向きはあるし、命がかかっている恐怖心はある。


 俺も慣れたつもりだが、未だにあのストーカークラブのハサミが夢に出てくることがある……。


「そこでオレの出番ってわけだ。オレァ言っちゃなんだが、ゲームはあんまりやらねえ。ちょっと気分転換にやったこのゲームに取り込まれちまったが、プレイヤーとしての経験は全然だ。だけどよ、現実で鍛えてたおかげで、体動かすのには慣れてるからな」


 そうか。俺はゲームの腕ばかり考えていたが、ここだともともとの体術やスポーツ経験も重要になってくるわけだ。……俺自身は学生生活の大半が帰宅部だったが……。


「力のゴールデン、プレイスキルのあーしって、なかなかいいパーティでしょ? おまけにストリンドベリがいるからね。援護はもちろん、ゲームのバグを上手いこと利用して有利な立ち回りを教えてくれるのナ☆ ……リアルだったらバグ使うのとか邪道だけど」


 は?

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