第6話 最強百合が転校生のノンケ女子をエスコート
「そういえば聖子、あなた何も食べてないでしょ。これ食べる?」
どこから取り出したのか、悸陽が焼きそばパンを聖子へ差し出した。
「(いきなり呼び捨てかよ)……えっとそのぉ、遠慮しとくぅ。それよりぃ、悪いんだけどぉ、ビアンカB棟209号室ってわかるぅ? そこまで連れてって欲しいんだけどぉ……」
「……ええ、いいわよ。連いてらっしゃい」
もうすぐ夏が来ることを感じさせる温かい日差しが注ぐ中庭を悸陽と聖子が歩く。
芝生の上には仲睦まじく肩を寄せ合って座るミナリス達が見受けられた。
「な、何かぁ、このガッコってぇ、女同士で仲良し過ぎだからぁ、気持ち悪いよね~?」
聖子の前を歩く悸陽の背中が止まった。
「そう……」
再び歩き出す。
(そう……、じゃねーんだよ。こいつ綾神レイ子気取りかよ。ムカつくうぅぅ。このまま後ろから思い切りブン殴りてぇー!)
そんなドス黒い思いを腹の奥に抱える聖子の前で悸陽が立ち止まった。
「……この部屋よ」
床自体が回転したようにくるりとこちらを向く悸陽。
「ひえっ!?」
人知を超えたその動作に聖子が飛び上がった。
「ごめん……驚いた?」
「えっ、そのぉ、ちょ~っとビックリしちゃったかなぁ、えへっ(心臓停める気かよ! 動画加工したような動きとか人間か! テメーは!)」
部屋の番号と戸の上にある名札を確認した聖子がお礼を言うと素早く部屋に入る。
そして一切無駄のない動きで戸を閉めた。
「はあ~……疲れた。何だぁ、あの不気味なヤツ……」
キャリーバッグを壁に立て掛けると部屋の中を見回した。
「……ふーん、結構いいじゃん。後は同室がどんなヤツかだな。ま、あそいつをパシリにしてからだな。そうそう、さっきの不気味なヤツにもきっちり仕返ししてやんぜ。この聖子りん、怒らせたらただじゃすまねーんだからよ、ひへへ!」
口に手を当ててほくそ笑んむ。
それにいくらか気分が良くなったのか、鼻歌を奏でながら窓に歩み寄るとバレリーナのように体を一回転させた。
その目に不気味なヤツこと朝倉悸陽の姿が映る。
「ぶっ!? な、なななななんで部屋にいるの、あんた!?」
冷静な顔のまま悸陽が口を開く。
「だって私の部屋、ここだもの」
真っ青になった聖子が彼女の横を駆け抜けると廊下へ飛び出し、戸の上にある名札を見る。
(げっ!! ホントにアイツの名前がある。しかも二年二組?――――上級生かよぉ!!)
ゴクリと喉を鳴りながら部屋に戻る。
「さ、さっきはありがとうございました……その……一年一組……葦名……聖子、です……」
悪夢でも見ているかのような顔で自己紹介すると震える手を差し出した。
その手を握った悸陽が顔を近づける。
「よろしくね、聖子」
「よ、よろ……し……」
得も知れぬ妖しい気配に言葉がまともに出ない。
「私、今日運命を感じたの……そう、運命……私、あなたと出会う為に生れてきたの」
相変わらずクールで冷静な顔だったが、聖子にはその目が妖しげに光った気がした。
(聖子りんセンサーが危険を知らせている!! ディンジャー!! ビーキャッフ!!)
そんな聖子りんセンサーも空しく、蛇に睨まれた蛙よろしく体がまったく動かない。
「聖子……」
目を薄くした悸陽の唇が近づいてくる。
(ひっ!……ダメ、ダメ……あたし女なのに、何で……何で女なんかとキスしなきゃいけない訳!? いやぁぁ!)
思わず目を閉じた聖子の鼻先に熱い息が掛かった。
「聖子、あなた……まだ百合に目覚めてないものね」
熱い息が遠ざかる。
恐る恐る目を開けると窓へ歩いて行く悸陽の背中が見えた。
そして窓の前で立ち止まると背を向けたままこう言った。
「私達が結ばれるのは、あなたが百合に目覚めてから…………ね」
緊張が解けた聖子がペタンと床に座り込む。
(何かわからないけど……助かった……)
そう安堵する聖子を首を曲げて見つめる悸陽がこう呟いた。
「私、こう見えて気が短いから……強引に目覚めさせちゃうかも……」
氷の矢をお尻から脳天へ射抜かれたような感覚に襲われた聖子だったが必死に耐えた。
気を失った後の事を想像したからだ。
これほど必死になったのは人生で初めてだった。
(でも同室――コイツと同室――聖子リン、どうなっちゃうの?)
目の前が暗くなるのを聖子は耐えた。
その時間は果てしなく長く思えた。
つづく
これが私立百合区百合が峰百合が崎学園、略して百合学最強の百合とノンケ転入生の出会いである。
葦名聖子は今後どうなるのか? 朝倉悸陽の最強百合プレイで強引に百合開花させられるのだろうか? それは誰も知らないという訳でもない、というか作者は知ってんだろオイ!ってなものである。
次回は夏祭りに向けゾっとする百合話。
いえね、学校って怖い話のひとつやふたつあるでしょ? 何かこう、やばいな~、どうしようかな~ってな話。それ話すとクラスの女子が「お願いやめてよー」とか耳塞いじゃう、そんな話。
という訳で次回もよろしくなのである。
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