第8話: 女神「     」 AI「なぁに、あれ?」 賢い本「(堪えろ……ふ、ふふ!)」




 ──賢者の書より語られた『頼み事』。




 まるで詐欺師の如く、なんとも回りくどい言い回し。


 彼女が敬愛している女神様が聞けば、『簡潔に述べぃ!』と切れ散らかしているぐらいに要領を得ない語りであった。


 実際、聞き慣れない単語や慣用句や比喩が多用されていたせいで、いまいち彼女は賢者の書が言わんとしていることを理解出来なかった。



「……すみません、浅学せんがくゆえに、貴方様の仰りたい事が分かりません。私に、何をお求めになっておられるのですか?」



 なので、素直に頭を下げれば、『おや、失礼』気付いた賢者の書も、謝罪するかのように本が軽く傾いた。



『少々回りくどい言い回しをするのが私の悪い癖でして……そうですね、単刀直入に言うならば、貴女様にはもっとこの世界の人々と関わってほしいのです』

「関わる、ですか?」

『はい、何時までも森の奥に引き籠らず、この世界の1人の住人として生きてほしいのです』

「……それは、どのようにすれば?」



 抽象的な頼み事に、彼女は首を傾げた。



『な~に、難しく考える必要はありません。ただ、貴女様にはもっと自由に過ごして欲しいのです』

「……? 自由に過ごしていますよ?」

『いえいえ、それは自由ではありますが、本当の意味での自由ではありません』



 意味が分からず再び首を傾げた彼女に、賢者の書は……擬音にすれば、ニチャァっとした感じで言葉を続けた。



『考えたことはありませんか、この世界の技術のレベル……そう、科学のレベルが低いということは御存じですか?』

「それは、まあ……」

『率直に言えば、この世界には魔物が居るからでございます。魔物の存在によって、知識等の蓄積が上手くいかないのです』

「ああ、それは私も考えておりました」

『そして、魔法という力。これがまた曲者でして、大抵の事は魔法で……いえ、それどころか、貴女の知る現代社会ですらも非常に困難な事を、この世界では魔法一つで解決する事が出来ます』

「そうですね。全てがそうなるわけではありませんが、身近に解決策がある状況で、別の解決策を考えようとする者は皆無でしょう」



 賢者の書の言葉に、彼女は深々と頷いた。


 それは以前、この世界について彼女が考えた際に導き出した、彼女なりの結論だ。


 どんな事柄も、必要なモノは求められ、基本的には発展する。


 魔法など存在しない現代社会では、魔法と呼ばれていたモノは不変の法則を基にして科学に置き換わり、育まれた。


 より効率的に、より大規模なモノを生み出す為に、様々な者たちが挑戦し続けた結果が、以前の彼女が生まれ育った現代社会だ。


 しかし……この世界では、不変の法則を無視する力……『魔法』というものがある。


 これがまあ、非常に便利だ。


 100%反則的な経緯から魔法を使いこなす彼女にとっても、この世界における『魔法』には無限の可能性を感じずにはいられない。


 言うなれば、方向性が違うだけ。


 この『魔法』が科学の替わりに発展し、魔法を主軸とした魔法文明……そう呼ばれる時代がいずれは訪れる……そう、断言していただろう。


 けれども、そうはならないだろうと、彼女は思っていた。



 それは、『魔物』の存在だ。


 彼女が知る猛獣とは一線を凌駕する存在。



 あの男の記憶……町を壊滅させるどころか、下手すれば国一つを壊滅させてしまう……怪獣と呼んでも差し支えないレベルの魔物が居ることを、彼女は知っている。


 もはや、生きている災害だ。それも、生物を……人間を捕食対象として動き回る怪獣。


 あんなのが居れば、そりゃあ知識の蓄積が遅々としか進まないわけだし、広まらないわけだ。


 平地の開けた場所に図書館を立てても、運悪くそういう災害クラスの魔物が来たら、全て壊されてしまう。


 建物を踏み壊し、炎を吐いて、毒液を吹き付け、そこに住む者を食べ尽くす。


 仮に、己が生まれ育った世界にも、そんな怪獣が存在していたら……おそらく、あそこまで発展は……話が逸れたので、戻そう。



『──だからこそ、貴女様には自由に生きる必要があるのです!』

「と、言いますと?」

『いわゆる、『内政NAISEI』、『異世転ISETENスローライフ』というやつです!』

「……ナイセイ? イセテン・スローライフ?」



 単語の意味は推測出来るが、何故か片言になったイントネーションに、彼女は首を傾げた。



「内政と言われましても、私は公職の高官ではありません。イセテン? スローライフというのも、要は田舎暮らしをしろということですか?」

『内政は言葉の綾というやつですが、イセテンは異世界転生のことです』

「はあ……?」



 反対方向に首を傾げる彼女に、賢者の書は話を続ける。



『ほら、一度は考えた事ありますでしょう……都会であくせく働いている最中、田舎の自然に囲まれてのんびり過ごしたい……とか』

「──あ、なるほど」

『他にも、現代の道具をこの世界で再現して大金持ちとか、この世界の文明では早々作り出せていない物を作って名誉を得るとか……ねえ?』

「あります、あります、そういうのを漫画で見た覚えがありますので、全て分かりました。そういう事をして欲しいのですね!」

『はい』



 ぽん、と。


 手を叩いて喜ぶ彼女に、賢者の書は……見た目にこそ分からないが、ニチャァっとした気配を醸し出した──が、しかし。



「さすがは、女神様です! ますます感服いたしました」

『ん?』



 頬を紅潮させ……胸に手を乗せて感動しているその姿に、賢者の書は違和感を覚えた。



「私が何をしなくとも、既に女神様は私の心を読み取って先に動いてくださっておりました……これが『さす女神(さすめが:さすがです、女神様! の略)』というやつなのですね!」

『……ちょい、お待ちをば』



 なんだろうか──少々、想定していたモノとは異なる反応に、賢者の書はカクンと体を傾ける。



『先に動いているとは、どういうことですか?』

「……? どういう事もなにも、既に私がここに居る時点で、貴方様の仰っていることは全て成しておりますよ」

『え?』

「だって、自然に囲まれて……時間に追われることなく、自由気ままにのんびり暮らしています」

『はい』

「現代の道具を魔法で再現して使っておりますし、早々作れない作物で毎日お腹いっぱい、幸せでございます」

『はい?』

「名誉も……些か心が痛みましたが、オリバー夫妻から感謝の言葉をいただきました」

『……はい?』

「ほら、既に全て達成しております。さすがは女神様……私に気付かせることなく、私の願いを叶えてくださっていたとは……!」

『……ちょ、ちょっと待ってください』



 表情も汗腺も無いので、傍から見れば感情の一切が読み取れない。


 だが、しかし、この場に第三者が居たならば……おそらく、幻視しただろう。



 ──たらり、と。



 本の表紙に浮かぶ、ひとすじの汗を。


 想定外の事態に少しばかり動揺を見せる、その姿は……とある女神が見たら、『え、本なのに汗を掻くの? 中が湿らないの?』と驚かれるぐらいには、珍しい反応であった。


 とはいえ……賢者の名を冠するのは、伊達ではない。


 創造主である女神様をおちょく──敬愛しつつ、その行動をアシストし、ロボットを前に遠い目をしているその背中を見て、思わず存在しない唇を噛み締めた事は一度や二度ではない。



『……せっかく、女神様の御厚意で二度目の生を与えられたのです。もっとこう、色々とやりたい事があるとは思いませんか?』



 ある意味、創造主である女神様より歯ごたえがある……そんな思いで、賢者の書は提案した。



「お気遣い、感謝いたします。ですが、心配には及びません」



 ──が、それも。



「私はもう、満たされております。これ以上を得たとしても、私には使い切れません」



 微笑みながらも確かに拒否をする彼女には……通じなかった。



『では、将来のために貯めておくとか……』

「それは大切ではありますけど、是が非でも急ぐ事ではないと思います。それよりも一歩ずつ、着実に足場を固めてゆくべきかと」

『でしたら、色々と現代知識を使って現代の道具を作って、商売を始めてはいかがでしょうか? ナナリーさんなら、容易く作れると思いますが?』



 言われて、彼女は……困ったように、それでいて、嗜めるかのように曖昧に微笑んだ。



「確かに、私の魔法ならば、その手の道具を作る事は容易い。たとえば、ライターなどを作り、燃料を私が売るようにすれば……巨万の富を得られるでしょう」



 ですが……彼女はそう言葉を続けながら、静かに首を横に振った。



「土台の無い技術や道具を広めてしまえば、必ずどこかで歪みが生じます。どんなモノにも、必ずそこへ至る道がある……私が生み出すモノは全て、その道を飛ばした後の事だけ」

『……ナナリーさんは、あまり好ましいとは思っていない、と?』

「私一人で完結するならばともかく、賢者の書様の言わんとしているやり方では、多くの者たちを巻き込んでしまいます。私と致しましては、気が進みません」

『では、得た富を恵まれぬ者たちに──』

「それも、健全とは言えません。恥じ入る気持ちではありますが、半端に手を出せば、それを目当てに悪事を働こうとする者が寄って来るでしょう」



 そう言い終えて、すぐ、「……いえ、格好つけるのは止めます」彼女は、自嘲するかのようにフフッと鼻で嗤った。



「結局のところ、私は臆病で怖がりな卑怯者なのです」

『ずいぶんと、己を卑屈させますね』

「私は女神様とは違います。手の届く範囲であっても、その間から取りこぼしてしまう事は多々あるでしょうし、己が潰れないために、助けを求められても手を引くでしょう」

『それは、当然の事だと思いますが?』

「けれども、私はそれが耐えられない。助ける者、助けない者。己の醜い依怙贔屓えこひいきを見せ付けられる……それに、私は耐えられないのです」

『……それならば、せっかく、もう少し自由に……そう、女神様の素晴らしさを、この世界に広めようとは思いませんか?』

「女神様が広めて欲しいと仰るのであればヤブサカではありませんが、そうでないのならば、気は進みません。今がそうなっていないのが、その証左かと」

『……そう、ですよね』

「女神様を憂う賢者の書様のお気持ちはよく分かりますが……勇み足は、逆効果です。女神様が訴えない限りは、そこらへんは静観しておくのが正解かと」



 方向性を変えて訴えてみたが、彼女は首を横に振るだけであった。



 ……。



 ……。



 …………さて、だ。



 この時、沈黙した賢者の書が何を考えていたのか。


 同様に沈黙した彼女は、申しわけなさからちょっと居心地悪そうにモジモジしていたが……その内心は、まったくの真逆であった。



(……中々どうして、手強いですね)



 そう、傍目には全く分からないが、具体的には、ゾクッと武者震い(つまり、本の背が震えた)をしていた。



 だって、違うのだ。何と言えば良いのか、難易度が違うのだ。



 創造主である女神は、言い方は悪いが俗人であった。女神であるのは確かだが、その精神性はどこまで行っても平々凡々であった。


 強いて他と違う点を挙げるならば。


 とにかく図太くて目先の事にばかり目が向いて、何か起こっても考えるのが面倒になって『説明せい!』と全部投げてくる、女神としてはあまりに大雑把……いや、まあ、うん。


 そんなのだから、女神様をやれているわけだけれども。


 少なくとも、『うるせい! 文句言うなら御望みどおりにしてやるわい!』とキレて、女神パワーでしっちゃかめっちゃかにしてしまうような御方よりも、はるかに繊細な心の持ち主だ。


 言い換えれば、いちいち考えてしまうような人では、どう足掻いても女神の立場に立ってすぐに心がやられてしまうわけだが……で、だ。


 だからこそ、賢者の書は思った。




 ──女神様にバレないよう気を付けながら、この子の未来をアシスト(意味深)しなきゃ……っと。




 最近、賢者の書は思っていたのだ。



 なんか、マンネリしてきたなあ……と。



 女神様は女神様で基本的にぐうたら気質であり、お正月が寝正月になっても欠片も気にしない御方だが……なんだろう、慣れてきたのか、前よりも反応が弱い。


 そりゃあ、この前は『GOD・MIKADO』を頂点とした、『MIKADO十傑集』の登場に、白目になっていたのは大変に趣きがあった。


 その際、何処からともなく登場した『九大KAGUYA王』なる集団によって、なにやら銀河レベルの大乱闘へと発展した時は、そりゃあもう笑いをこらえるのが大変で……話を戻そう。


 とにかく、それはそれ、これはこれ、だ。



『……まあ、女神様の事はとりあえず横に置いておくとして』

「はい」

『せっかく来たわけですし、色々とこの世界についてレクチャー致しますよ。長らく1人で暮らしていましたから、疎い部分は多々あるでしょうし』

「それは、こちらからお願いしたいくらいですが……しかし、女神様のお傍を離れてもよろしいのですか?」

『あ、それなら大丈夫です。あの御方は、その程度でいちいち目くじらを立てる方ではありませんから』

「そう、なんですね」

『はい、では早速、町へと向かいましょう。言葉だけよりも、実物などを一通り見ながらの方が、理解も深まり易いでしょうから』

「わかりました。それでは準備を致します」



 とまあ、そんな感じで……翌日、城の使いが自宅に来るまで……彼女は賢者の書より、この世界の常識を、改めてレクチャーされたのであった。



 ……。



 ……。



 …………ちなみに。




 ──お、おい、あの女……すげぇぞ


 ──あ、ああ……歩く度、マジで弾んでやがる


 ──う、後ろもプリプリじゃねえか


 ──なんか傍に浮いている本があるけど? 


 ──そんなの見ている暇があるなら女を見ろ! 


 ──なにあれ……あ、あんなの、許されるわけが


 ──認めるしかないわ……上には上がいるのね



 1人で出歩くならいざ知らず、敬愛する女神の付き人(本だけど)が傍に居るのに、ローブで見た目を隠すのは失礼だと思った彼女は、この時ばかりは少しばかり恰好が違っていた。


 具体的には、彼女なりにお洒落をした。


 とはいえ、女性のお洒落と言われても、思いつくモノなんて高が知れている……そのせいか、いくらか身体の線がわかるようになっていた。


 その為、ローブならばまだマシだった暴力的なスタイル……特に、双子山がたぷんたぷんと弾むのが察せられる様だったせいで。


 非常に……それはもう、色々な意味で注目を集めていた。


 それについて、彼女はなんとなく己に視線が集まっている事に気付いてはいた……が、それ自体は女神様の成した結果だと思っていた。



(……ふむ)



 そして、ふよふよと彼女の隣を浮いている本は。



(おもしろ──いえ、自覚するまで黙っておきましょう)



 フルフルと、何かを堪えるかのように、ちょっとばかり震えていた。



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