第7話: はたして、どちらが上かな?
翌日……日の出と共に朝食を済ませた彼女は、さて、することも無いし何をしようかなと考えていると。
「……朝早く申し訳ないのですが、ナナリーさんは病に効く薬や魔法を習得なさっておりますか?」
心配そうな表情を浮かべたオリバー夫妻が、家に来た。
言葉には出さないが、すぐに色々と察した彼女は内心にて思った。
──結局、風邪を引いてしまったか、と。
とはいえ、昨日の今日でそこまで症状が出るだろうか。もしかしたら、自覚症状が無かっただけで引き始めとかだったのだろうか。
けれども、それは表に出さず、どういう事なのかと話を聞けば、『息子のゼクト―が熱を出した』との話であった。
なんでも、昨日の夜までは色々な意味で元気な様子だったらしい……まあ、知っている。元気すぎて、水溜りが凍るような寒さの中でも覗きに来たぐらいだから。
でも、オリバー夫妻の反応からして、そんな事など知る由もないようで……話を戻そう。
一晩経てば、頭も冷えて落ち着くだろうと夫妻は静観していたが……いざ、朝食の時間になっても部屋から出てこないので、部屋に入れば……ベッドの中で顔を真っ赤にしていた、とのことだ。
──風邪などの兆候など全く無かったのに、いったいどうして?
あまりに突然のことに驚いたオリバー夫妻は、とにかく、これまでにも何度か診てもらっていた馴染みの医者の下へと朝一で向かった。
しかし、今は冬の時期……医者は居なかった。
応答した医者の妻から話を聞けば、どうやら早朝から順々に家を回って診察に動いているようで、夕方まで留守とのことだった。
なんとか薬だけでも出せないかとお願いしてみたが、『生半可な知識で触らないように』とのことで、勝手に触るのは厳禁なんだとか。
まあ、そりゃあそうだろう。
自分や身内に使うのならばまだしも、第三者に売るとなれば、万が一の異変が起これば、事は謝罪では済まされないからだ。
仕方がないと諦めたオリバー夫妻は他の店を……しかし、時間が時間なので、薬を取り扱っている店はまだ開いていない。
というか、仮に空いていたとしても、今の時期はだいたいその手の薬はどの店も在庫を切らしていて、手に入らない可能性が高いらしい。
何とも皮肉な話だが、風邪に効く薬の原料となる薬草(一般的に使用されている)は、主に初夏の時期に採れるものらしく、冬場はまず自然に生えていることはないらしい。
言い換えれば、その時期に採れた分しか在庫が無く、また、そんなに採れるものではないから、毎年この時期は薬不足で中々手に入らないのだという。
いちおう、魔法を駆使して少量ながら作られてはいるらしいのだが、それは貴族等がだいたい買い占めてしまうらしいので、一般市民に回ってくる事はほとんど無いのだとか。
そんなわけで、熱冷ましの薬すらも手に入らず、どうしたものかと考えたオリバー夫妻は……ふと、魔法使いである彼女の事を思い出した……というわけであった。
「どうでしょう、お持ちでしょうか?」
「……少々、お待ちを。確認致しますので」
心配そうに尋ねてきたメネシアに、彼女はそう言って待ったを掛けると……『倉庫』の中に入れてある物を確認する。
……見た目は、ボケーッと突っ立っているようにしか見えないだろう。実際、オリバー夫妻は不思議そうに首を傾げた。
でも、彼女はただ突っ立っているわけではない。
頭の中に浮かんだ『倉庫』のリストを確認しているのだ。
分かりやすく言葉を変えるなら、頭の中に浮かんだアイテムリスト(あるいは、アイテムウィンドウ?)である。
このリストは痒いところに手が届く仕様になっており、入れた物を自動的にカテゴリー別に分けてくれるうえに、同じモノなら『○○個』という形でまとめてくれる。
しかも……彼女が使う『倉庫』は、他の者たちが使う『アイテムボックス』とは根本的に……あるいは、反則的に違う部分が幾つもある。
そのうちの一つが……『倉庫』に入れた物は不純物が自動的に排除されると共に、時の流れを受けず、劣化しないという点だ。
つまり、仮に『倉庫』に地面から抜いた薬草を入れたとすると、自動的に土汚れ等が全て排除され、すぐに使える状態で保管されるということ。
コレのおかげで、本来ならば洗浄に始まり余分な箇所を剪定といった作業などが自動的に行われるので、『倉庫』に入れるだけで最善な状態にしてくれる……というわけだ。
「……持ち合わせの薬草、風邪に効く薬草となると、コレですけど……見覚えはありますか?」
「あ、ああ、それです!」
『倉庫』より取り出した薬草(乾燥済み)を見せれば、オリバー夫妻は目を剥いて何度も頷いた。
「念のためお聞きしますが、使い方は御存じですか?」
「細かく砕いた薬草を湯で煎じて飲ませる、です」
「はい、その通りです。それと、お渡しするのは構いませんが、こちらとしてもタダではお渡し出来ません」
「もちろん、料金はお支払致します」
藁にも縋る思い……その手が垂らされた天からの糸を掴んだようなものだ。
オリバー夫妻……特にメネシアの声色はハッキリ分かるくらいに明るくなった。
「──ですが、今は持ち合わせが……明日の早朝までには必ず持ってきますので、どうか……!」
「……分かりました。それでは、先に薬草を」
懇願するメネシアに、彼女は一つ頷くと、それを手渡した。
「本当に、ありがとうございます、それでは早速、帰って飲ませますので……」
「あ、ちょっと待って……これは、私からの見舞いと思ってください」
『倉庫』より新たに取り出したリンゴ(魔法を駆使して育てた上物)を手渡せば、夫妻は驚きに目を瞬かせた。
別に、リンゴが高級品(かといって、安くは無いけど)だからといわけではない。
単純に、そのリンゴがあまりにみずみずしいからだ。
というのも、今の時期に手に入るリンゴは一般的にだいたい味も悪く、見た目もよろしくない状態である事がほとんどだ。
なので、よほど特別に育てられたモノ以外は、だいたい砂糖などで煮詰めたり干されたりした加工品であり……だからこその、驚きであった。
「そんな……そこまでは、とても……」
「御気になさらず。私も寝込んだ時は婆様から、元気になれと細かく切ったリンゴを出されました。きっと、婆様の事です……風邪によく効くのでしょう」
「なんと……リンゴには、そのような効能があるのですね」
「もし、気になさるのであれば、いつかの時、私が困った時に軽く手を貸してくだされば、それで十分でございます」
「……分かりました。ナナリーさん、本当にありがとうございます」
そう言うと、オリバー夫妻は深々と頭を下げて……小走りで、自宅へと駆けて行った。
……。
……。
…………その後ろ姿を、手を振って見送った彼女は……ちょっと意地悪が過ぎたかなと軽く息を吐いた。
実のところは、だ。
風邪に効く薬草はいっぱい……それこそ、多種多様に『倉庫』の中にあるので、タダで譲っても構わなかった。
だが、そもそも風邪を引いた理由が、理由だ。
ゼクト―がまだ子供だったならばまだしも、成人と呼んで差し支えないのであれば、話が違う。
それに、頭が茹って一時的に暴走しただけで、根が善良であるならば。
こういう形で家族に迷惑を掛けたうえに、魔が差した相手からこの時期では貴重な薬草を譲ってもらったと知れば。
それはもう、恥ずかしくて恥ずかしくて、二度とこんな馬鹿な真似はしないと心から猛省するだろう……そう、彼女は思ったわけである。
(……まあ、私じゃなくて、別の人に対して行ってバレていたら、大人しく寝込んでもいられないだろうし……私の裸を覗いた罰として、甘んじて受けてもらうとしよう)
そうして、最終的にそのように結論を出した彼女は、「……お茶でも飲もう」気分転換がてら、そう呟きつつ振り返り……おや、と目を瞬かせた。
理由は、部屋の隅……何も無かったはずのそこに、見慣れぬ本が置かれていたからだ。
断言するが、彼女の私物ではないし、この家には彼女以外誰も居ないし、あのような目立つ本も置かれてなどいなかった。
尋ねてきたオリバー夫妻は特別として、この家には魔法的な結界が張られている。
それこそ、入ろうと企んだ者すらも感知するほどにキッチリ張られており、少なくとも、彼女が感知出来る限りでは、結界に何かをされた形跡も反応も無かった。
(……『賢者の書』? 中々に御大層な名前の本だが……ん?)
開いた眼で見やれば、本の詳細が確認出来る。
(どういうことだ? 名前以外に……分からない?)
けれども、これまで使ってきた際に得られる手応えとは違う……なんだろうか、対象の芯に届いてないという、不思議な感覚であった。
と、同時に、初めてだった。
この目で見た物の中で、その詳細が把握出来ないのは。
もう、その時点で……彼女の中では警戒心MAX。反射的に取り出した杖を構えつつ、彼女はその本へと……魔法を放とうと。
『──はぁい、ナナリー!』
した、瞬間。
唐突に、本が宙に浮かんだ。ふわふわと、まるで重力など感じさせない動きで。
加えて、彼女の耳は……その本より声が発せられ、己の名を呼んだ事を捉えた。
『……おや、聞こえませんでしたか?』
何かの聞き間違いかと思ったが、そうではない。
やはり、本が……眼前の、賢者の書という名を持つ本が、しっかりと知性を感じさせながら、話しかけて来ている。
「……聞こえていますよ」
『おお、それは良かった。いやあ、どうなるかと心配しておりましたが、無事なようで一つ安心致しました』
「貴方と、お知り合いになった事はありませんが?」
率直に尋ねれば、『はて、お忘れですかな?』本はそう言って右に左に角を傾けた。
『貴女様が女神様と対談をなさっていた時、その後ろに居ましたでしょう?』
「え……あっ!」
思わず、彼女は先ほど閉じたばかりの目を、ギョッと見開いた。それぐらいの驚きであった。
と、同時に……正体が分かればもう、彼女には眼前の本を警戒する理由などなくなり、そっと杖を『倉庫』に仕舞った。
目で見ても分からないのは当然だ。
なにせ、女神様に付き従っていた存在。あまりにも格が違うだろうから、己の小細工なんぞ通用しなくて当たり前である。
と、同時に、逆である。
心から女神様を敬愛し、感謝の念を抱いている彼女にとって、女神様とフレンドリーな態度で接していた眼前の本もまた、尊敬に値する存在である。
「いったい、どうしたのですか? なにかお困りごとの相談でしたら、私で良ければ何時でも相談になりますよ」
ゆえに、彼女は……目を瞑ったまま、朗らかに笑みを浮かべた。
その時、浮かべていた笑みは……仮にオリバーたちが、ゼクト―が……いや、メネシアを始めとした同性が見ても、思わずドキッと胸を高鳴らせてしまうほどに、魅力的であった。
『……そう、ですね。実は、貴女様に少しばかり御協力していただきたい事がありまして』
「何でも、仰ってください! 私に出来る事ならば、いくらでもお力になりますので!」
『なんと、そう言って貰えると、気が楽になるというものです』
対して、賢者の書は……表情など無いし、本なので態度からも分からないが……仮に、そう仮に、だ。
この場に、女神が居たならば。
──なんだろう、最後にニチャァってな具合の邪悪な気配を感じる。
おそらく、そう首を傾げていたぐらいには。
『まあ、急がなくてけっこうです。とても気の長い、そう、時間の掛かる頼み事ですので……』
賢者の書に対して警戒心を露わにしていた……が。
「はい、お任せください! 女神様に助けられた御恩に報いるためならば!」
そんな事など知る由もない彼女は、素直に……それはそれは嬉しそうに、ニコニコと笑うばかりであった。
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