第6話: 女神さまの用意した身体に見惚れるのは当然の事なり
フィクションですからね、現実との混同は駄目絶対
あくまでも、彼女だから対応が甘いだけですよ
――――――――――
──結論から言おう、問題が発生したけれども、なんとかなった。
でも、それだけだとあまりに説明が足りないので、なんとかなるまでの経緯を簡単に説明しよう。
その日の内に再び顔を合わせたオリバーは、最初こそ少しばかり驚いた様子ではあったが、歓迎してくれた。
そして、明後日までは王都に滞在する必要があるという彼女の話を聞いて、それならば明後日まで家に来れば良いと提案してくれた。
オリバーの家はけっこう広く、来客用の部屋がある。今は誰もその部屋を使う予定が無いので、そこで寝泊まりすれば良いとのことだ。
しかし、提案は嬉しい限りだが、それは出来ない……と、逆に彼女の方から拒否した。
理由は、オリバーが既婚者であると同時に男性であり、そして、彼女は妙齢の女であり……独身者であるからだ。
現代社会でもそうだが、たった二日間とはいえ、意図してデタラメに話を広げる者はいる。
客商売をしているオリバーにとって、それが事実無根だとしても、出来うる限り悪評は避けたいはずだ。
顔を合わせた奥様……名をメネシアと言うが、事情を聞けば、表面上は朗らかに笑って了承してくれた。
だが、心の片隅にて、若い女が自らのテリトリー(要は、自宅)に入ってくることに、一抹の嫉妬を感じているのを……彼女は、見抜いていた。
まあ、それは仕方がないなと彼女は素直に受け入れた。
逆に考えれば、ある日いきなり妻が、己より年若い男を自宅に連れて来て、二日間泊めると言い出したようなものだ。
妻が世話になり、話してみれば善人であるというのも透けて見えたとはいえ……良い気にはならないし、軽い嫉妬を覚えてしまうのも、分かるというものだ。
全ては仮定の話だが、この話が妻であるメネシアから出たならば、まだ良かった。
同性であるメネシアが泊まらせるというならば。あるいは、彼女が仮に男性で、同性であるオリバーからの話だったならば、話はスムーズに進んだだろう。
なので、彼女はその事は表に一切出さないよう気を付けながら、『婆様からの教えがありますので……』という感じで、やんわり拒否した。
もちろん、それがオリバーに対して失礼に当たるのは分かっていたので、申し訳ないと頭を下げるのも忘れない。
身の危険云々なんかではなく、親切心を受け取らないとしたからだ。人によっては、『ワガママなやつだ』と思われても仕方がないだろう。
「それでは、他に──」
「あの、本当に雨風が凌げるだけでも十分なので、そこまでお気遣いなさらなくても大丈夫です」
「……そう、ですか?」
「はい」
「……では、雨風は凌げますが、快適とは言い難い……取り壊し予定の家でもよろしければ……責任は一切取れませんけど、どうしますか?」
けれども、オリバーは特に気にする様子も無く朗らかに別の提案をしてくれた。
「え、あるのですか?」
「あります、本当にそのうち取り壊す予定ですので……そのかわり、中で怪我をしようが何が起ころうが責任は取りませんけど……」
「構いません、ありがとうございます」
「……その、提案した私が言うのもなんですが、本当に良いのですか?」
「充分でございます、これ以上は過分ですので」
「中は汚いですし、屋根や壁には穴が空いていて雨漏りもしますし、なんなら床の一部が腐っていますし……正直、おススメは全くしませんよ?」
「大丈夫です、魔法でそこらへんは対処出来ますし」
彼女としては、もうそれでも十分すぎる話だったので、何度も頭を下げて感謝の言葉を送った。
そうして、案内された家は、オリバーの話の通り、年若い女が一人で寝泊まりするには中々に厳しいというか、不用心な感じのおうちであった。
でもまあ、彼女の感覚からすれば、何の問題もなかった。
実際のところ、いくらでも魔法でなんとか出来るのは嘘偽りのない事実であるし、この場合、危険なのは強盗等の方だろう。
結界を始めとして、中にテントを張れば寝泊まりは十分だし、入浴だって、目隠しをせずにいる分だけ楽だと思う。
食事関係だって、無一文とはいえ、『倉庫』にはまだ食料がタップリある。
一ヶ月二ヶ月待機しろと言われたら困るが、二日ぐらいなら仮に引き籠ったとしても、なんの問題もなかった。
それに、只でさえ、貰いっぱなしな現状だ。
正直、現時点ですら何をお返ししたら良いのか分からなくなっているのに、これ以上貰えば……という気持ちもあった。
……
……。
…………とまあ、これが冒頭の『なんとかなった』の中身であった。
そう、そこまでは、良かった。
貰いっぱなしも何なので、持っていた食糧(今の時期では手に入り難い食材など)を渡した後。
その日はオリバー宅にて一緒に食事をし、オリバー夫妻の3人の子供たちとも仲良くなった……そこまでは、良かった。
問題が生じたのは、その内の1人。そう、『発生した問題』だ。
長男、ゼクト―だ。
いちおう言っておくが、次男のクリフト、末っ子長女のアリスは何の問題もなかった。
クリフトはまだそういう感情が薄いのか、あるいは学者気質なのか、気恥ずかしそうにしつつも魔法使いである部分に尊敬の目を向けていただけ。
アリスは『お姉ちゃん』という存在に憧れがあったようで、また、魔法を使えるという点でも気に入ったのか、ほとんど初対面ながら懐いてくれた。
ただし……既に成人を迎えている長男のゼクト―だけは、その2人とは違っていた。
具体的には、明らかに彼女の事を異性として意識しており、彼女の気を引こうとアプローチを仕掛けてきたのだ。
それがまあ、あまりにも露骨であった。
一目惚れしたのかどうかは不明だが、それはもうオリバー夫妻からやんわり注意されるぐらいには露骨であった。
なにせ、クリフトとアリスとの会話に割り込むし、なんなら距離を詰めて来るし、いちいち自慢話をしてくる。
見た目とは裏腹に相応に人生を生きた彼女からすれば、『あっ(察し)』といった具合で、なんだか生暖かさを覚えるほどの性急さである。
あえてもう一度出すのだが、初対面だ。本当に、顔を合わせてから半日と経っていない。
なのに、これを逃したら二度と会えないと言わんばかりに……いや、まあ、二日後には王都を去る可能性があるのだから、焦るのは分かる……けど、あまりに強引である。
なにせ、オリバー以上に、自宅に泊まるよう進言し続けたのだ。
オリバーにも下心(魔法使いに対する)が無いとは言い難いが、それは商売的な下心であり……間違っても、ゼクト―の内心に渦巻く情欲とは根本から異なっていた。
さすがに……これには、彼女も困ってしまった。
結局、オリバー宅に居れば延々とアプローチを仕掛けてくるので、当のオリバー夫妻から申し訳なさそうに頭を下げられ……という流れで、彼女は二日間の寝床となる家に戻ったのであった。
……。
……。
…………で、だ。
一日のうちに色々とあったので精神的に疲労した彼女は、野宿していた時と同じくお風呂を用意して入った。
外とは違い、建物の中ではお湯等の捨てる場所に困る(床が濡れても困る)が、そこは魔法の力。
魔法的な膜を張る事で、外部との間に壁を作る。これで、内部の綺麗なお湯が外に漏れることはないし、逆に汚れが入ってくることもない。
また、程よく気温を一定にしてくれるうえに、落ちた汚れだけを魔法でちょろっと外に掘った穴に捨てれば……しかし、だ。
ここで、問題が一つ。そう、ゼクト―だ。
ちらり、と。
目を瞑ったまま、視線を部屋の片隅……いや、壁の向こうにいて、穴からこちらを除いているゼクト―の存在を確認した彼女は……どうしたものかと内心頭を抱えた。
現在の時刻は、夜だ。こっちの世界の常識で考えるなら、深夜に当たる時間だ。
そして、この世界の夜は治安が悪い。
街灯なんてものはないから、夜は本当に手元すら見えないぐらいに真っ暗。それこそ、人さらいが起こっても、音さえ立てなかったら誰も気付かないぐらいに。
まあ、言い換えたら、人さらいたちも明かりが無ければ何もできないぐらいには真っ暗だということ。
だから、よほどの理由が無い限りは、外に出ない。そこに男女の区別はなく、腕に覚えが無い限りは誰も夜に外に出ないのが、この世界の常識であった。
……なのに、ゼクト―が居る。今は、夜なのに。
それも、一般的にはほとんどの人が寝静まっている、深夜。それなのに、ボロボロの壁の向こうで息を潜め、僅かに開いた隙間から……彼女の入浴を覗いている。
当然ながら、夜は冷える。雪が降る季節なのだから、それこそ心から凍ってしまいそうに感じる程に寒いはずだ。
なのに、ゼクト―は耐えている。
常人には聞こえなくとも、耳を澄ませれば彼女には聞こえる。カチカチと歯が鳴るのを手で押さえながら、それでもなお全身を震わせている……その気配を。
……正直、なにをやっているんだアイツは……と、呆れた。
(まだ出会って半日なんだが……いったい、何がそこまで惹きつけることになったのか……一目惚れ、か?)
見つからないよう息を潜めて隠れているあたり、この世界の常識で考えても、アウトな行いなのは明白だ。
けれども……このまま怒鳴りつけてしまうのもなあ、とは思う。
ゼクト―に対して思うところは全く無いが、オリバー夫妻には恩がある。次男のクリフトも、末の妹のアリスも、とても良い子であった。
それに、女神より与えられたこの美貌にクラクラッと暴走してしまう……その気持ちに、いくらかの同情の念が湧かない事もない。
今は己の身体だから、そういう感情を抱かないが……客観的に見ればまあ、そうそう見掛けないレベルだなと自覚していたので、余計にそう思ってしまった。
かといって、下手に隠せば、気付かれた事にゼクト―自身が気付くだろう。
大人しく帰ってくれたら良いのだが、そこから無理やり覗こうとして無茶をして……怪我でもされたら、オリバー夫妻に申し訳ない。
……年齢を聞いてはいないが、ゼクト―見た目からして、血気盛んな年齢なのは明白であった。
加えて、この世界の美の基準は分からないが、初対面の女性に頭が茹って暴走してしまうぐらいには、今の己の姿には魅力があるのだろう……と、彼女は思った。
……いちおう、まだ最悪にまでは至っていないのだ。
己が生まれついての女であったならば、あるいは、普通の女性に対して行っていたならば、キツイ仕置きの一つや二つは叩き込んでやるところなのだろう。
けれども、彼女自身は、そのどちらでもない。女神より第二の生を与えられた、今は女の身体を得た幸運な使徒に過ぎない。
それに、普通の女性であるならばともかく、己に対してならば……誰にでも魔が差すことはあるわけだし、今日ぐらいは大目に見てやろう……そんな気持ちがあったので。
(……風邪引いて寝込んでも知らんぞ。オリバーさんたちに頼まれたら、ちゃんと料金を請求するからな)
とりあえず、色々と諦めた彼女は……もう夜も遅いし、さっさと身体を洗って寝ようと結論を出すと、湯船からザバッと飛沫を上げて立ち上がった。
直後──どてん、と何かが倒れたかのような物音と共に、何かが慌ただしく走り去って行くのを……うん。
(鼻血を噴いて退散か……純情と見るべきか、変態と見るべきか)
──明日もやるようなら、拳骨でも叩き込んでおこう。
そう、溜め息を零した彼女は……魔法にて、外からは見えないように魔法的な膜を張ると、今度こそ作業を進めるのであった。
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