第9話: 延長決定!



 ──城である。こう、ファンタジー的な城だ。




 二日前には通れなかった正門を通り、ファンタジー的な通路を通り、豪奢ではあるが、なんか人の気配が感じられない部屋へと通された。


 部屋はまあ、広い。応接室なのか、高そうな調度品がけっこう飾られている。触って壊したら嫌なので、絶対に近寄らない。


 ここに来るまで、彼女の傍にて浮いている本を見咎められる事はなかった。


 どうやら姿を消す事が出来るらしく、己の事は気にしなくて良いとのこと。ちなみに、声とかその他諸々も大丈夫なのだとか。



 ひとまず、安心。



 そうして、とてもフカフカなソファーに腰を下ろす。


 深く座れば尻が埋まってしまうのではと思ってしまうぐらいに心地良く、こんなソファーがあるのかとちょっと驚く。


 眼前のテーブルに置かれたお茶菓子はどれも美味しく、お茶も……現代社会のそれに引けを取らないレベルで美味しかった。



 ……正直、まだ何もしていないのに、ここまでの持て成しを受けるのは気が引ける。



 けれども、是非にと案内したメイドさん(?)より言われてしまえば、断るのも失礼かと思い……パクパクしているわけだ。




 それから、しばらくして。




 ノックの音と共に、まず、部屋に入って来たのは……重厚な甲冑を身にまとい、武器を携帯した騎士たちであった。


 騎士たちは、無言だ。無言のままに、カチャカチャと足音を慣らして……彼女の周囲を取り囲むように並ぶと、その場で静止した。



 ……なんだろうか? 



 首を傾げていると、なにやらモゾモゾと何かをまさぐられるかのような感覚を覚える。


 それは、物理的な接触ではない。こう、オーラというか、目に見えない力のようなナニカが、まるで秘密を探り出すかのような……ああ、なるほど。



『──魔法的な、ボディチェックですね。武器等を携帯していないかを見ているのでしょう』



 推測から納得したタイミングに合わせて、姿を消している賢者の書からも、同じ結論をそっと教えてくれた。


 現代社会であれば、金属探知機の他にはボディチェックなども行われるが……この世界だと、そこらへんは魔法で済ませるようだ。



 ……いや、というより、だ。



 それが出来る者が城には居て、魔法で武器を隠せる者が居るからこそ、この方法になった……というのが正しいのだろう。


 僅かばかりに目を開いて視線を下ろせば、こう……上手く説明出来ないが、魔法的な力が身体をまさぐっているのが見えた。


 強いて、例えるなら……透明な腕で、ボディチェックされている……といった感じか? 



(……これ、普通にボディチェックするのと何が違うのだろうか?)



 まあ、理屈は分かる。


 万が一武器を携帯していたら危ないし、安全に安全を確認出来るならば、それに越した事はないだろう……っと。



「異常なし!」



 透明な腕が離れると同時に、騎士の一人が宣言した。突然の大声にビクッと肩を震わせた彼女だが……誰一人反応しないので、ちょっと気まずい。


 少しばかり間を置いてから、部屋に入って来たのは……何だろう、小さな女の子であった。


 しかし、見た目からして、ただの女の子ではない。


 いわゆる、魔女っぽい恰好。黒いとんがり帽子に、黒くゆったりとした、下がスカートになっている上下一体型の……ワンピースに似た服に、黒いとんがり靴。


 その手には、先端が野太い杖。正しく、『THE・魔女』といった感じの恰好であった。


 対して、服から出ている手足や顔は真っ白だ。


 この世界の人達はだいたい肌が白いのだけれども、これまで見て来た誰よりも肌が白い。まるで、汚れ一つ無い雪をそのまま肌に変えたかのように。


 そして、その白い肌の中でポツンと目立っているのが血色が鮮やかな唇と……これまで手足の指では足りないぐらいに人を殺していそうな、鋭い目つきの青い瞳であった。



『 くらーぇる・くぉう 』



 ある意味、彼女よりもよほど魔法使いっぽい恰好をした女の子は、鈴のような軽やかな声で、言葉にすればそんな感じの呪文を唱えた。


 すると──再び、身体をまさぐられるかのような感覚を彼女は覚えた。



 今度のは、先ほどよりも深い……ような気がする。



 前回が軽いボディチェックな感じだとするなら、今回は金属探知機を当てたり、X線で中を見たり、麻薬探知犬で確認したり……こう、色々とされている感じだ。


 ちょっとくすぐったい感じはするが、どれも、痛みは全く無いので苦痛はない。


 しかし、これなら最初からすれば良かったのではと思った……っと。



「──おお、デカいのう。ずっしりと柔らかい」



 ポツリと、小さな魔女が、ポツリと零した。



「ワシの頭ぐらいデカいやもしれん。腰は細く、尻にもしっかり脂が載っておる……これは中々どうして、安産型じゃな」



 ……。



 ……。



 …………うん? 



 チラリと、傍の甲冑たちを見やる。


 頭の先から足先まで甲冑で隠されているので分からないが、彼女には……なんとなくだが、目を逸らしてこちらを見ないようにしているような気がした。



「……あの?」

「んほー、実際に抱き着くとえげつないのう……何処も彼処も柔らかいのに、むせ返る程に甘ったるい香りが……」

「え、あの? ちょっと?」

「うほほ、濃いのう。特に谷間の奥から漂う……んほ~、これで金がとれると思わんか?」

「あの? 騎士の皆様方? これ、どうしたらいいのですか? 振り払っていいのですか?」



 なにやら聞き捨てならない言葉と、無造作に抱き着いてきた小さな魔女を、強引に振り払う事も出来ず……困ったように傍の甲冑たちを見やる。


 けれども、甲冑たちは何も言わない。明らかに、小さな魔女を見ないように、あるいは気付いていないかのようなフリをしている。


 ならばと思って賢者の書を見やる……が、こちらも駄目。離れたところでプルプルと震えているだけで、動く気配はない。


 賢者の書なりの線引きがあるらしく、それを超えない限りは何が起こっても手を貸すことも助言もしないと、事前に聞いてはいたが……どうやら、これはまだ線の内側のようだ。



 ……と、とりあえずは、だ。



 現在は同性とはいえ、初対面の相手にベタベタと触られるのは不快である。なので、グリグリと顔を押し付けている小さな魔女の脳天に、拳骨を落とす。



 ぐへえ、と。



 けっこう良い音と共に、ぐてっと小さな身体から力が抜けた。あ、力を入れ過ぎたかもと思って薄目を開けて見やり……大丈夫なのを確認してから、グイッと引き離した。


 そのまま、テーブルを挟んだ向かいのソファーへと座らせる。


 顔立ちは絶世の美少女といった感じだが、唇の端から滲んでいる涎の跡が……こう、色々と残念であった。



「……とりあえず、ここに寝かせておきますね」



 話しても返事はないが、伝わってはいるようだ。


 見た目こそ動きはないが、甲冑たちの誰もが、その中で軽く頷いたのが……っと、思ったら、なにやら髭を立派に蓄えた、威厳のありそうな老人が部屋に入って来て──。



「エヴァ様、なにやらお時間が掛かっているようですが、こちらとしてもあまり無駄な時間を──……」



 ──ちらり、と。


 室内を見やった後……ソファーにて、恍惚の顔でグッタリしている美少女を見て……深々と、溜め息を吐いた。



「……申し訳ありませんな、ナナリー殿」

「え、あ、はあ、御気になさらず……」

「その御方は、エヴァ・スイート。魔法使いとしては大陸全土にその名が知られるほどに優秀なのですが……その、美しいモノには目がない御方でして」

「はあ……分かりました」



 ──つまり、『そんな凄い人に綺麗だと認められたのだから、それで許せ』ということなのだろう。



「申し訳ありません。私、常識に疎くて……その、貴族の方だとは分かるのですが、どちら様なのでしょうか?」



 了解の意味で話を促せば、それで全てを察した老人の男は……ニコッとシワのある顔で笑みを浮かべた。



「ああ、これは失礼、名乗るのが遅れましたな」



 その言葉とともに、老人は軽く頭を下げた。



「宰相の地位を国王様より戴いております、アルフ・ナイフロード・トースロン……まあ、長ったらしいので、アルフと呼んでください。王家の相談役とでも思ってくださってけっこうです」

「はあ、宰相様……なのですね。その、それほどの御方が、どうしてここに?」

「……その点について、あまり私の口からは言えません。代わりに、私が来たわけです」



 ──ちらり、と。



 意味深に宰相が視線を動かした直後、囲んでいた騎士たちが一斉に動き出し……入って来た時と同じく、一糸乱れぬ動きで出て行った。


 後に残されたのは、状況が読み込めず呆然とする彼女と、意味深に笑みを浮かべながらエヴァと呼んだ少女の隣に腰を下ろす宰相と、「はあ、まだるっこしいのう」むくりと体を起こした魔女だけであった。



「こんな面倒なやり取りをせずとも、ワシ1人で良いとアレほど言ったではないか。それともなにか、ワシがこの小娘に足元をすくわれるとでも思っておったのか?」

「エヴァ様の実力を疑ってはおりませんが、あの手この手で隅を突いては時間だけを取らせる者も多いので……必要な事ではありまする」



 その言葉に、エヴァは深々とため息を零した。



「やれやれ、ここ最近は治まっていたというのに、また不安の虫が騒ぎだしたのか、あやつらは……」

「不安の一つも覚えましょう。秘薬が本物で、ダフネ様の病が完治なさるようであれば、一気に勢力図が入れ替わりますからな」

「甘露は既に十二分に吸えたであろう? これ以上の何を欲するというのかワシにはわからん」

「残念ながら、誰もがエヴァ様のように満足したら足を止めることは出来ません。これから先も甘い蜜を得続ける為には、意地汚くもなりましょう」

「かあ~、これだから戦を知らぬボンボン共は……」



 二度目のため息(これも、超深い)を零したエヴァは……そこでようやく、彼女を見やった。



「して、ナナリー……いや、神の瞳を持つ、『神眼しんがんの魔女』よ」

「え?」



 思いがけない言葉に、ビクッと彼女は肩を震わせ──それを見たエヴァは、「ふふふ、そう怖がるでない」けらけらと笑った。



「なぁに、つい先日ワシに神託が降りただけのこと。それで、おまえの事は少しばかり知っておる」

「はあ……?」



 ……神託、ならば、女神様だろうか? 



「ふふふ、あいにく、神は如何様にも姿を変える。ワシの下へ降りて来てくださった神は、書物の形を成しておったぞ」

「書物、ですか?」



 ──チラリ、と。


 瞼の下の目が、姿を消している賢者の書へと向けられる。けれども、沈黙を保ったままの本は、何も反応を示さなかった。



「中には、何が記されていたのですか?」

「残念ながらワシにはそこに記された英知を一文字とて読み解くことは出来なかったがな」

「そうなのですか……」



 ──まさか、ね? 



 内心にて首を傾げる彼女を尻目に、「早速で悪いが、本題に入ろうかのう」エヴァは、身体に見合う小さな手をそっと彼女へ差し出した。



「持っている『エルフの秘薬』を、見せてくれぬか?」

「え、あ、はい、わかりました」



 『倉庫』より取り出した『エルフの秘薬』を手渡す。すると、エヴァは目を細めて……しばしの間、じ~っと薬の入った瓶を去ったり、ブツブツと何かを呟いて……また、少し間を置いた後。



「……見覚えのある刻印が刻まれておる。どうやら、本物じゃな」



 ポツリと、結論を述べた。瞬間、「では──」隣の宰相がおもむろに立ち上がろうと──する前に、エヴァは待ったを掛けた。



「いくつか、聞かせてほしい。まず、これをどうやって手に入れたということだが……答えられるか?」



 ジロリ、と。


 睨みつける……いや、どちらかといえば、訝しむといった感じの視線を向けられた彼女は……軽く、首を横に振った。



「全てを答える事は出来ませんが、これを私に託した男は、最後の力を振り絞って……王国に届けてくれと仰いました。だから、届けるためにこの地へ……」



 ……ふむ。一つ頷いたエヴァは、質問を続ける。



「その男の名は言えるか?」

「申し訳ありません、お答えするわけにはいきません」

「ほう、何故じゃ?」

「今際の時に、男は『己の事は絶対に伏せておいてほしい』と仰られましたので」



 もちろん、嘘である。


 しかし、全てが嘘ではない。言葉にはしていないが、あの男は心の中で似たような事を何度も訴えていた。


 理由は……語ると長くなるので省略するが、要は、あの男が秘薬を送ろうとした相手は、色々な意味で難しい立場にあるから。


 そして、あの男自身も迂闊に動けなかったのだ。


 身分もそうだが、立場上……その相手のために動くという行為自体が、悪影響を及ぼす……非常に難しい状況になっていた。


 ゆえに……男は今を、過去を捨てたのだ。


 名前も立場も捨て去ることで、何処へでも行けるようになった。


 もう二度と元の場所に戻れない事を受け入れたうえで、あの男は『エルフの秘薬』を探しに旅に出たのだ。


 だから、彼女は心の中ですらも、けしてあの男の名を呼ぶような事はしない。万が一にも、ポツリと口から零れ出ることがないよう、気を付けるために。


 死ぬ直前ですら、あの男は自らの名を明かさず、只々……薬を届けてくれることだけを願い、託そうとした。



「ですので、言えません」



 それを、知っているからこそ……彼女は、たとえ眼前の相手が、あの男とは師弟の関係にあると分かっていてもなお……言おうとは思わなかった。



「本当に、言わぬつもりか?」

「はい、言いません」



 そして、おそらくだが……眼前の相手は、それらを薄々察したうえで、あえて尋ねてきていると彼女は思った。


 だって、先ほどエヴァは、『見覚えのある刻印』だと呟いた。


 つまり、あの秘薬が入っている瓶に、エヴァは心当たりがある。しかし、それをあえて口には出さず、カマを掛けてきた。


 大量に出回っているモノならば、わざわざ刻印云々など口に出したりはしないだろう……内心にて、こういう腹の読み合いは苦手だと彼女はため息を零す。



「貴族命令として、おまえに命令を下すことも出来るが?」

「そうなれば……不本意ですが、戦うよりほか、ありません」

「ふむ、そうか」



 戦う……その言葉に腰を浮かしかけた宰相を手で押さえたエヴァは……大きく、深呼吸をすると。



「……わかった」



 それ以上を、問う事はしなかった。


 彼女が、絶対に話さないことを察したからで、「もう少し話したい事はあるが、それは後にしよう」それよりもと言わんばかりに、のそりとソファーから腰をあげた。



「後日、また呼ぶ。それまで、王都に留まるように」

「あ、すみません。住む場所がないので、今日にでも帰ろうかと思っておりまして」

「は?」



 そのまま部屋を出ようとしていたエヴァの足が、ピタリと止まる。振り返れば、驚愕に目を瞬かせて……え、そこまで驚かれるの? 



「……住むところ、無いのか?」

「二日間だけ借りるというお話でしたので……それに、宿を借りる事も出来ません」

「嘘じゃろ、おまえ……え、あのボロ家、そんな理由で借りておったのか? ワシ、てっきり何かしらの意図があるとばかり……」



 思わず──そうとしか言い表しようがないぐらい、思わず零してしまった呟きに、「……エヴァ様」半ば空気と化していた宰相が、困惑した様子でエヴァを見やった。



「魔法使いはえてして、世捨て人のような暮らしをなさっておられる……そこまで驚かれることですか?」

「これが驚かずにはいられるか。下手しなくともワシより格上の魔法使いが、無一文で宿に泊まることもできんと言うとるのじゃぞ」

「え、なにそれは……」


(え、駄目なの?)



 老人である宰相からも『信じられない……(困惑)』といった感じの目で見られた彼女もまた、困惑したのであった。



 ……。



 ……。



 …………で、その結果。



「宿も金も、こちらで用意する! とにかく、ワシから連絡が来るまでは、王都に留まってほしい!」

「宿は嫌でございます。そうですね、庭が有って、その庭から城が見える……そんな場所はございますか?」

「いや、おまえ、サラッと中々な要求を……ええい、仕方がない。要望が叶う家に心当たりはあるから、今日からそこへ住まうように」

「はい、わかりました。でも、ただ待つのは退屈ですので、外出等をしても問題ありませんか?」

「日帰りならば構わん。しかし、二日以上の外出となれば、場合によっては指名手配するぞ」

「分かりました、気を付けます」



 滞在日数、延長となったのであった。


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