第3話 女神様?
困惑しながらもぎこちない笑みを向けると、彼の羽がぱあっと七色に輝き始めて…─
「女神様っ!!」
「は?」
突然、蝶がふわりと舞い上がるように、彼は真羽の手から飛び立った。
あ。やっぱり飛べるんだ~なんて視線で追いかけていたら、私の周りをくるりと舞った後、鼻先めがけて飛んでくる。
人間には反射というものがあるようで、思わずぎゅっと目を瞑ってしまうと、風圧と共にぽすっと乾いた音がした気がした。
「お前、いい加減にしろよ」
恐る恐る目を開けると、真羽のガウンに袋状に包まれたらしく、暴れる光が透けて見えていた。
「真羽! ちょ、乱暴は……」
「はたき落とさなかっただけマシ」
不機嫌そうに包んだ袋を見下ろす真羽の瞳は、背筋がぞくりとするほど冷たい。
やばい、キレてるな……。
こんなストレス的状況が続いているんだ、あの真羽が温厚なままでいるわけがない。
「あなたも! 暴れないの!」
声を上げると、暴れ続けていた袋の中での動きがぴたりと止まる。
「さっきまで、どこか具合悪かったんでしょう? いきなりそんなに動いたら……」
「女神様……、優しい」
女神というのが何のことかは分からないけれど、声音は妙に感動しているようだった。
「仮病だったんじゃねえの?」
「……優しくない」
思わずふはっと笑ってしまうと、袋の中から美しい光が溢れ出た。
けれど、シルエットはそのままで、先ほどのように暴れる様子もない。
「今出してあげるから、大人しくしててね」
こくんと頷く姿がどこか可愛くて、真羽に視線を向ける。
短く溜め息を吐いた真羽が差し出すガウンを受け取って、そっと包みを解くように絞っていた部分を離していく。
「大丈夫? ススー……だっけ?」
彼は私を見上げたまま、もう一度こくんと首を縦に振った。
「ススッルス・バーチョ」
「そっか。ススーのままでいい?」
「はい」
見た目をそのまま声にしたような、透明感のある優しい声だ。
「あのね。あなたを……先に助けようとしたのは、真羽だよ」
「え?」
「だから、優しくないなんてことはない」
大事な双子の片割れを誤解されたくなくて伝えると、ススーは真羽をアメジストの大きな瞳に映した。
「ごめん。ありがとう」
「いや。動けるようになったんなら、それでいい。……けど、逢に危害は加えんな」
ほらね、やっぱり真羽は優しいんだ。
私に対しては、少し過保護なとこがあるだけで……。
両親が居なくなってから、更に加速したそれもまた考えものだけど。
けれど、ススーはどこか不服そうな眼差しを真羽に向けた。
「あんた、女神様の何?」
「その女神様ってのが、そもそも何?」
金髪と銀髪がにらみ合う。
一触即発……、どうも仲良くなれないらしい。
「女神様は女神様だろ。知らないの?」
「知らねえよ」
「ちょっと。とりあえず、落ち着こっか。二人とも」
私が間に割って入ると、二人とも短い溜息をついてからこちらを見る。
「あのね、ススー。私も聞きたいんだ。どうして元気になったのかとか、ここがどういう場所なのか……とか」
「女神様がそう言うなら」
「だから、その女神って何だよ」
素直に頷くススーの隣で、真羽がぼそっと呟いた。
でも、真羽。それちょっと、同感。
ススーは聞こえない振りをして、私の方へと向き直る。
「ここよりも、ちょっといい場所で話そっか。ついて来てくれる?」
「で? そこが危ない場所じゃないっていう保証は?」
機嫌の悪さMAX、微笑と共に淡く睨む金の瞳を、ススーは真っ直ぐ見つめ返す。
「女神様は恩人だよ。ボクはそんなことしない」
「うん……分かった。行こ、真羽」
ここで押し問答をしていても仕方がない。
私は、何を言っても今は無駄状態の真羽の手を取る。
「案内してもらおうよ。そのちょっといい場所ってとこに」
「あー、お前さ……。もう、いいわ。好きにしろ」
諦めの入った投げやりな真羽に、今度はススーが不機嫌そうに眉を寄せる。
ふいっと前を向いて飛び始めるススーを追って、私達は歩き始めた。
怖くないわけじゃない。けれど、何がどうなって今がどこで何なのか、知らなくちゃ。
前を飛んでいくススーは不思議な存在で、蝶とは明らかに違う。
妖精なんてものが存在していることに感動すら覚える。
後ろに流れていく小川を横目に、源流を目指すかのように歩いていると、ススーが急に振り返った。
「あのさ。二人って、どういう……」
ぽつりと零された言葉に首を傾げて、私はススーに答える。
「私達? 双子だよ」
「え?」
「兄と妹な」
「それ、私は認めてない」
「まだかよ。戸籍でもそうなってまーす」
「キョウダイ! もしくは双子って言う話になったじゃない」
「お前の中でな」
手を繋いだまま言い合う私達を見つめて、ススーは呆気にとられたように目を丸くしていた。
「そっか。キョウダイ……そっかあ」
噛みしめるように零した後に、くすくすと笑い始める。
「機嫌よくなったな、あいつ」
「喧嘩腰よりいいじゃない」
「お前、昔から小動物とかに好かれ過ぎなんだよ……」
「悪いことじゃないと思いまーす」
やっぱり、二人で話していると、真羽なんだなあとしみじみする。
お互い全く違う姿。夢なんじゃないかとも思ったりしたけれど、馴染んだ手の温もりも話し方も声も、お互いが知ってる片割れでしかない。
昔から、距離感が少しおかしいとか、双子に思われないことも多いけれど、そこは私達にとって問題ではなかった。
ふと、目の前を先導していた光が消えて、私は目を瞬いた。
蔦のカーテンの向こうへ、すぅと消えたススーに、少しの躊躇を覚える。
小川を跨ぐように生えた木々の合間に垂れ下がる植物。
この向こうには、何があるのか……。
それは、真羽も同じだった。
二人で同じ線上に並んだみたいに立ち止まっていると、ひょこっとススーが蔦の向こうから戻ってくる。
「どうしたの? もうすぐそこなんだけど」
屈託のない表情。これで何か恐ろしいことを隠しているとしたら、大したもんだ。
私の中に、誰かを疑う黒い部分がないわけじゃない。
むしろ、そんな聖者みたいな人がいるならお目にかかりたい。
ここまで来てどうしようなんて躊躇っていると、真羽が繋いでいる手にきゅっと力を込めた。
「行くぞ」
そうだ、進まなきゃ。現状を知るために。
私は静かに頷いて、真羽と共に蔦のカーテンをくぐった…─
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