第2話

 高校二年に進級して、新しいクラスもだいぶ落ち着いてきた頃のこと。


 担任がHRの終わりを告げた。


 俺は席を立ち、鞄を手に取る。



春人はると、今日も図書室?」



 そう声をかけてきたのは秋良あきらだ。



「うん。また寄ってくつもり」


「えー! 一緒に帰ろうよぉ!」



 このごねてるのが夏希なつき


 秋良と夏希は俺の幼馴染だ。保育園の時からの付き合いで、だいたいいつも三人でつるんでいた。名前を見ればわかると思うが、この季節にちなんだ名前のおかげで仲良くなったと言っても過言ではない。ちなみに冬は今のところいない。



「いや、お前らの邪魔するのも悪いし……」



 そんな関係も時と共に変わっていく。春休みの間に秋良と夏希が付き合い始めたから。


 と言っても、くっつけたのは俺だ。二人から相談を受けていたので、いい感じの機会を作ってやったらあっさりとうまくいった。放っておいても時間の問題だったのは間違いないけど。



「私達の仲じゃん! そんなの気にしなくていいのに」


「お前が良くても俺が気にするの! ほら、わかったら二人ともさっさと帰れって」



 こういう時は秋良の出番だ。そう思って秋良を見ると、ヤレヤレといったふうに肩をすくめられた。



「こうなると春人は強情だからね。夏希、今日のところは二人で帰ろう」


「む〜……。秋良がそう言うなら……。でも私は納得してないからね!」



 そう言い残すと、二人はようやく帰っていった。


 俺があの二人と少し距離を置こうと思ったのは、二人が付き合い出したからだけではない。


 あの二人が優秀すぎるからだ。


 まず、秋良は勉強ができる。本来であれば俺や夏希と同じ高校にいるのがおかしいくらいで、もう一つ二つランクの高い高校に入れたはずなのだ。それなのに秋良が同じ学校にいるのは夏希がいるからに他ならない。


 夏希の方は、勉強はからっきしな反面、運動神経がいい。小さい頃からテニススクールに通っていて、今では大会なんかで成績を残している。部活には入っていないものの、学校もその実績は認めるところだ。



 それに引き換え俺の平凡なこと。いや、平凡以下かもしれない。勉強にしても、試験は平均点付近をウロウロ。運動神経に関しても似たようなものだ。


 おかげで親からはあの二人と常に比べられて肩身が狭い。


 ラノベ好きが高じて始めた小説の執筆もなかなかうまくいかない。「ヨミカキ」という名前の小説投稿サイトにアップしてみても、泣かず飛ばず。PVは日に一桁、レビューも幼馴染ズがつけた分だけだ。


 あいつら俺が小説書いてるのを知ると、強引に(主に夏希が)俺の作品を見つけ出しやがった。


 そんなあいつらでも別に嫌いってわけじゃないんだ。むしろ秋良の落ち着いた雰囲気も、夏希の底抜けに明るいところも好ましいと思っている。


 その結果が現在の俺の状態というわけだ。突き放すこともできず、かといって近くにいると劣等感に苛まれる。だから放課後は少しだけあの二人と距離を置く。


 ずっと三人でつるんでいたので寂しくはあるが、これも仕方なのないことだ。


 逃げた先の図書室では、執筆の参考のために色んな本を読むことにしている。その成果はまだ全く出てないんだけど。


 次に読む本を求めて本棚の間をウロウロしていた時だった。


 俺は何かに足をぶつけて体勢を崩した。運動神経の悪い俺が受け身を取れるはずもなく、無様に床に転がった。



「いってて……。こんなところに何が……? 」



 ゆっくりと起き上がると、そこには一人の少女がいて、目が合った。制服のタイの色を見るに、一つ下の学年の子のようだ。



「なんでこんなところにうずくまってるのさ? おかげで転んじゃったじゃん……」



 俺が声をかけると、彼女は目を見開いて、驚いた顔をした。でも無言だ。



「おーい、俺の話聞いてる?」



 俺がそう言うと、彼女はキョロキョロと周りを見渡し始めた。まるで自分が話しかけられていると思っていない様子。



「いや、他に誰もいないじゃん。君だよ君」


「は、はひっ!」



 怖がらせてしまったのか、彼女は怯えた声を上げた。


 俺、そんなに怖かった?



「いや、そこまで怯えなくたっていいだろ……。別にいきなり怒鳴り付けたりしないって」



 今度はもう少し優しくを心がけて声を出した。


 んだけど……。



「ひゃいっ! ごめんなしゃ──」



 緊張のせいか噛み噛みな言葉が返ってきた。


 ここまで来るとおかしくなってくる。



「ぷっ……。君、面白いね。ほら、立てる?」



 思わず吹き出してしまって。


 このまま床にへたり込んでいても仕方がないので立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。


 でも彼女は俺の手を取らない。じっと手を見つめるだけで。


 しょうがないので、俺から彼女の手を取り立ち上がらせた。



「怪我はない?」



 今度は怖がらせないように、笑顔を貼り付けながら。


 この時ただ一つだけ、彼女の手が氷のように冷たかったのが気になった。

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