図書室の幽霊さん
あすれい
第1話
気が付いたらこの場所にいた。学校の図書室に。
見覚えのある部屋、見覚えのある本棚、読んだような気がする本達。
ところで私はいったい誰なんだろう?
名前も思い出せない。
覚えているのは女であること、この高校の生徒だったってこと、本を読むのが好きだったってことだけ。
その他はなーんにも思い出せない。思い出そうとしても、頭にもやがかかったみたいで、記憶にたどり着けない。
問題はそれだけじゃなかった。
なぜか私はこの図書室から出られない。
ドアは空いているのに、まるで壁があるかのように、その先へ進むことができない。
まぁ、外に出れたところで、向かうあてなんてないんだけど。だって帰る場所がわからないから。
なぜか私は物に触れられない。
目の前に本があるのに、掴むことができない。この手は物をすり抜けてしまう。
本だけじゃない。机も椅子も、私の体を通り抜ける。
なぜか誰も私に気が付かない。
私はここにいるのに、目の前に立っても、大声を出しても誰も私を見ない、反応してくれない。
試しに鏡の前に立ってみたけど、そこには何も映らなかった。
これらのことを総合して判断して出した答え、きっと私は死んだんだ。
もちろん記憶がないから死んだ理由はさっぱりわからないし、実感もない。
でもそうとしか考えられない。たぶん私は幽霊なんだ。
そう結論付けたら少しだけすっきりした。
でも、そこからが本当の地獄の始まりだった。
誰にも気付かれず、大好きだったはずの本に囲まれているのに読むこともできず、ただただ過ぎていく時間を感じるだけ。
眠ることもできない。夜になっても眠気が来なくて、目を閉じてみても眠れない。常に意識が覚醒してる状態。
昼間はまだ平気。でも、夜の学校はとても不気味で、少しの物音にビクビクして朝がくるのを待った。
やがて私は図書室のすみっこでうずくまるようになった。
目をつむり、耳をふさぎ、感覚を遮断した。
しだいに何も感じなくなって、ただそこに在るだけ。
いや、誰にも気付かれず、何にも触れられないなら無と同じ。
私は暗い暗い闇の底へと沈んでいき、こうしてうずくまっていると、時間の感覚も薄れていった。
*
それは突然だった。
一年とも十年とも感じられる時間が過ぎたある日のこと。
「っっ……!」
私の身体に衝撃が走った。何かがぶつかったような 衝撃が。その衝撃は痛みとなり、その刺激は闇に沈んでいた私の心を浮上させた。
痛みを感じたのはいつ以来だろうか。少なくともこの身体になってからは初めて。でもこの感覚が痛みであるということは覚えていた。
「いってて……。こんなところに何が……? 」
うずくまる私の横には一人の少年が倒れていた。
私と同じ年頃の。ってそりゃそうか。ここは高校の図書室。この場所に来るのは生徒か先生だけ。つまり同じ年頃でも何もおかしなことはない。
その少年はゆっくりと起き上がると私の方を見た。
パチリと目が合う。まるで私がここにいるのを認識しているかのように。
そんなわけないのにね。これまで何回も試したんだから。その結果はわかってる。誰も私に気付かない。
「なんでこんなところにうずくまってるのさ? おかげで転んじゃったじゃん……」
ほら、気付かな──……え?
なんで? これまで誰も…… 。
「おーい、俺の話聞いてる?」
え? え? これ、私に話してるんだよね?
キョロキョロと周りを見渡しても他には誰もいない。
「いや、他に誰もいないじゃん。君だよ君」
「は、はひっ!」
久しぶりに声を出したせいか、上ずった声が出た。恥ずかしい……。
「いや、そこまで怯えなくたっていいだろ……。別にいきなり怒鳴り付けたりしないって」
「ひゃいっ! ごめんなしゃ──」
噛んだあああああぁぁぁぁぁ!!!!
「ぷっ……。君、面白いね。ほら、立てる?」
彼は笑いながら先に立ち上がると、私に手を差し伸べてくれた。
でもね、触れられないんだよ。これも何回も検証済み。私の身体は人をも通り抜けてしまう。
その度に『なんか寒気が……!』とか『ひっ……!』とか言われて、やめることにした。
彼の手を見つめながら、どうしたものかと考えていたら、彼の方から私の手を掴んできた。
彼の手からじんわりと温もりを感じる。
──なんで?!
これまで誰も触れられなかったじゃない?
あれ? でも待って。そういえば私と彼はぶつかって……。
私が一人でアワアワしてると彼は私を引っ張って立ち上がらせた。
「怪我はない?」
彼はそう言うと優しげに微笑んだ。
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