防御力って何それおいしいの?
「こ、こここここ、こんなところで会うなんて奇遇ね、ゆゆ、ゆゆ
「……俺はゆゆゆゆ幸人なんて愉快な名前じゃねえんだが」
あたし、
し、しまらないスタートになっちゃったなあ……!
「こんにちは、竜禅寺。こんな所で会うなんて奇遇だな」
訝しげにしながらも、改めて丁寧に返してくれる幸人さん。そんな余裕を感じさせる大人な態度にドキドキする一方、自分の子供っぽさと余裕のなさに、思わず萎縮しそうになってしまう。でも、せっかく答えてくれたんだもの、ちゃんと挨拶し返さないと!
「こ、こんにちは。いい
日和って硬すぎでしょ! しかも「ですわね」!? ああほら、幸人さんがきょとんとしてる! でも、思わず、って言う感じで苦笑に変わるところとか、素敵すぎて脳内スロー再生よ! 胸元のワンポイントデザインに仕込んだ極小カメラが録画してくれてるから、後で何度も見返すと思うけど!
「……さすがお嬢様。そう言う口調が似合うな」
今日のあたしの服装はシンプルなデザインのワンピース。そのまま麦わら帽子でも被っていたら、避暑地のお嬢様にしか見えない自信がある。
「に、似合う? それほどの事はあるけど。待ち受けにしてくれていいわよ?」
「服の事を言ったんじゃないんだが。まあ、似合ってるのは確かだけどな」
ズドン!
あやすような甘い眼差しに、あたしの心にハートマークの風穴が空く。
やば、膝が震えて力が入んない。
以前にきちんと対話してからと言うものの、幸人さんはあたしを邪険に扱わず、真摯に向き合ってくれてこんなふうに何気ない会話を交わしてくれる。
その度にあたしは風穴だらけにされて、そこが熱に置き換わっていく。だから、話しかける時はいつも緊張する。今度はどこを、どんな風に撃ち抜かれるんだろうって、あたしの芯が期待で潤む。あたしはこんなに暴走気味で腰砕けになりそうなのに、当の幸人さんは通常運転。それがちょっと悔しい。
「この本屋には割と寄るが、ここで会ったのは初めてだな。近くなのか?」
「えーと、近くじゃないんだけど。うー、たまにはいいかなって」
「……ああ、そう言うこと」
あたしの煮え切らない返答に、幸人さんがジト目になる。ストーカーされたと気づいたみたい。でも、どんな視線を向けられても、あたしの気分は急上昇してしまう。我ながらチョロい。
「えああ、そ、その雑誌、あれね! あれの特集号!」
「下手な誤魔化し方だな」
幸人さんが手にしていたのは、とあるアニメの特集雑誌。あたしが幸人さんにプレゼントされた、とってもとってもとってもとっても大切なプラモデルが出てくるやつだった。
開いていたページのカットにエピソードが思い起こされて、あたしの口が捲し立てる。
「強化パーツで逆転のシーンね。あれは燃えたわ」
量産型の主人公機が、主人公の操縦技術に追いつかなくなってあわや撃墜、と言うところで発射される強化パーツ。それと合体して逆転勝利。BGMといいシチュエーションと言い、モニター前でちょっと叫んじゃった。
「見てくれたのかよ」
「まあね。ロボットなのに関節技かけるところとか、なんで? って思うところもあるけど」
戦闘機形態で急接近して、背後でロボット形態に変形してから関節技かけるシーンとか、ちょっと意味が分からなかった。
「ばっか、それがロマンってやつだろうが」
付け焼き刃ではないあたしの知識に、幸人さんは目を輝かせた。別に話を合わせるために、媚びるために、幸人さんのプラモデルが出てくるアニメを見たわけではない。共通の話題があればと思ったのだ。好みでなければ、残念、と思うだけだっただろうが、思いの外そのアニメはあたしに刺さった。あたしだって現代っ子、いわゆるサブカルは嫌いじゃないのだ。
あたしとの会話が後押しになったわけでもないだろうが、幸人さんはその雑誌の購入を決めた。そうして、あたしを本屋に併設されているカフェに誘った。まだまだ話し足りないようだった。
え? これ、もしかして、デデデデ、デートのお誘い? やば、えと、下着オッケー、処理オッケー……あ、あれ、あれ持ってない。えっと……今日は大丈夫な日だった。うん、それも考えて、このタイミングで話しかけたんだった。そんなわけで全部オッケー。美咲イケます!
「……おい、目ぇ血走ってんぞ。眼科行くか?」
「一緒に行ってくれる!?」
「行かんわ。で、何頼む? 奢るわ。あんまり高いのは勘弁だけど」
「しししししかも奢り!? えと、ええと……!」
「落ち着け。でなきゃこの話はなかったことにする」
「……ヲ、ヲレンジジュースで」
思わず変な発音になっちゃった……! オレンジとか子供っぽかったかしら。幸人さんはコーヒー(しかもブラック!)を注文して、ますます対比が強調される。あたしの注文で特に変な顔もしなかったから大丈夫だと思いたいけど。
ああ、でもでも、なんてラッキー! お話できただけでも幸せなのに、こうして隣に座れるなんて……!
「……ん? と、隣?」
「どうした? 一緒に見るの、こっちの方がいいと思ったから来たんじゃないのか?」
え? や、なんか自動的だった。カウンターで注文して受け取って、四人掛け席に移動して。幸人さんが先に座って、あたしがその隣に……。
……!? すぐ、隣に、幸人さんが……!? ぐぎぎ、とぎこちなく首を回すと、肩が触れ合いそうな距離に不思議そうにしている幸人さんが!
ひ、ひええええええぇぇぇっ……っ!? ち、近! こんな急接近いいの?! ゆ、夢、夢じゃないの!? 死んじゃう!? あたし、今日供給過多で死んじゃうの!?
「お、おい、大丈夫か? とりあえず息しろ、な?」
わ、忘れてた! し、深呼吸、深呼吸! あ、でも、口臭とか大丈夫、あたし!? さ、酸素酸素!
「酸素吸入機、追加注文していい……!?」
「置いてねえよ!」
ほ、ホントにしまらないなあ、あたし……!
「……落ち着いたか?」
「……お騒がせしたわね」
一つ咳払い。
結局、ホントにホントに残念だけど、あたしに幸人さんの隣はまだ早かったみたい。心臓が自爆しそうだったので緊急脱出! お手洗いに駆け込んで顔をバシャバシャ洗って、ぜいはあ言いつつもやっと落ち着けた。で、今度は改めて幸人さんの前に腰掛けた。心配そうな視線にとろけそうでふにゃふにゃになりそうだけど大丈夫。椅子に腰かけているからこれ以上崩れようがない。立てるかどうか分かんないけど。
「そういや、今更だけど人目は大丈夫なのか? お前、あのお嬢様学校だろ?」
少し前のめりになって声を潜める幸人さん。ちょっと待って! シャツの隙間から鎖骨がチラ見え! 色気ありすぎ、誘ってるの……!? 思わずかじりつきそうになるけどお、おおお落ち着きなさい美咲! あんまり変な態度取ったら、この時間は強制打ち切り終了よ……!
あたしは歯を食いしばると、魅惑の空間から手元のポーチへと視線を背けた。その間もちゃんと仕事してるわよね、胸元のカメラ……!?
ポーチから取り出したのは黒縁眼鏡だった。それをかけて、再び幸人さんに向き直る。幸人さんの姿勢は戻っていて、故に鎖骨は遠ざかっていた。ううう、色気があああ……!
「用意周到だな。変装用か。イメージ変わるし、ばれることもねえか」
「ええ、そういうこと」
やば、幸人さんの優しさと気遣いがじんと来ちゃう。仮にもお嬢様学校に通っているあたしが男の人と二人でいると、良からぬ噂の元になりかねない。それを危惧してくれるなんて、ますます好きになっちゃう。本当は幸人さんに話しかける前に装着しておくべきだったのに、緊張ですっかり忘れていた。眼鏡のマイクとカメラ、よろしくね! この瞬間瞬間を、全部余さず記録するのよ!
「ふふん、知的に見えるでしょ? 学年主席は伊達じゃないんだから」
「知的ねえ……。まあ、似合ってはいるよ。美形はなにしても様になるよな」
「……ほわっつ!?」
さらりとしたセリフがあたしを正面から殴りつけてきた。
待って待って! 美形って言った! あたしのことよね、それ! もおお、取り繕いとか媚びるとか社交辞令とかじゃなくって、本気で言ってるのが分かっちゃう! どうしてそんな誉め言葉、不意打ちでしてくるのおっ……!? あ、あざとい! 幸人さんってこんなにあざとかったの!?
「……おい、大丈夫か?」
「……ま、まあね。傷は浅いわ?」
「疑問系で何言ってんだ?」
恥ずかしくて顔を覆うしかないあたし。かろうじて眼鏡のカメラ部分は覆ってないけど、心境はやば過ぎる。
褒められて嬉しいし、瞳が潤んでくるし、自然に内またになっちゃうし、全身が火照ってしかたがない。
「そ、そそそそそ、それで幸人さんは、どのキャラが好きなの……!?」
とりあえず話題変更よ美咲! なんとかどこかに不時着させるのよ……! でないと、でないと……色々大変なことになっちゃう……!
「お? なんか急だな」
いいでしょ、応じてよ!?
「まあいいか。俺はやっぱ主人公だな。基本わたわたして巻き込まれキャラなんだが、やる時はやる時がカッコいいよな」
雑誌に視線を落とし、ぱらぱらと人物設定ページを探す幸人さん。よし、視線がそれた! 今のうちにジュース飲んでクールダウン……! 幸人さんの視線はいつでも浴びたいけれど、今は冷却期間が必要よ。それに、視線を落とす様も素敵なのよね!
ふう、これでなんとか落ち着き……ん? 主人公?
「ちょっと幸人さん? 主人公のチカゲって女の子よね?」
「そうだが? 大和撫子然としたロングヘアなのに、小動物チックで可愛いよな」
「かっ、可愛い? このあたしと会話しているのに、他の女を可愛いってどういうこと……!?」
「どのキャラが好きか聞かれたから、こういうところが好きだと答えただけだが?」
「ぐふぅ……!」
めんどくせえなあ、と、やれやれ、が半分ずつな幸人さんに、あたしはボディーブローを食らったみたいな息を漏らすしかなかった。
反論材料を考えつかなかったこともあるし、そんな表情もやっぱり素敵だったからだ。ず、ずるい。あざと幸人さん、略してあざとさん、ずるい。
「ほ、他にはいないの? ほら、メカニックの眼鏡の……!」
「ミサキ・レンカ? いや、いいキャラだと思うけど、俺は別に」
「じゃ、じゃあ、部隊リーダーのギザ・ハートは……!?」
「あの人かっこいいよな。んー、まあでも、好きと言うほどじゃ……」
「うう、なんでえ……!?」
「いや、そう言われても……」
「素直に『ミサキ愛してる』とか、『ミサキ好き』とか言ってよう……!」
思わず涙目になるあたしに、訳が分からないという幸人さん。ミサキ・レンカはあたしの名前が入ってるし、ギザ・ハートの声優は御崎ハクエルさんでやっぱりあたしの名前が、字は違うけど入ってる。お願い、響きだけでも頂戴! 録音して百万回は聞き返すから!
「あほか。思ってもいないことを言ったら、そのキャラや声優さんを本当に好きな人たちに失礼だろうが」
「それはそうだけどお……!」
あたしの意図が分かっているのかいないのか、幸人さんは至極冷静な意見を述べた。そこには確かな気遣いがあってそういうところが大好きだけど、今はその気遣いが憎たらしい。
「そういう竜禅寺は好きなキャラとかいるの?」
「……あたしはコロン推しね」
「主人公機のAIか。掛け合い面白いよな」
AIなので声だけだけど、主人公をからかったり、どちらかというとボケ役の主人公に対するツッコミ役で、思わずにやにやしてしまうことが多い。あたしがそう言うと、我が意を得たり、と幸人さんも満足そうに頷いた。
「うんうん。声だけで表現できるところ、声優さんはやっぱりすごい職業だよなあ」
「そうね。後は艦長のレクターかしら。渋いところが……好き、かな」
アニメキャラとは言え、男性を好きって言ってみる。いや、ホントにお気に入りのキャラだけど。年齢は幸人さんの倍近いけど、横顔とかがどことなく似てるのよね。
「保護者的立場だけど、主人公たちを戦場に送らないといけない立場の人だよな。その辺りの葛藤があるのに、表には出さない。渋くて憧れる。分かるなー」
共感してる場合じゃないでしょ! ちょっとは嫉妬するとかしてよ、もおー!
内心の歯噛みに気づかず、楽しそうに雑誌をめくる幸人さん。ふと、その表情が一瞬、寂しそうな、懐かしそうな色を帯びる。
「こういう会話、あいつとは出来なかったなあ……」
あたしが幸人さんの呟きを聞き逃すはずがなく、その真意を取りこぼすこともない。幸人さんは今、かつての……思うのも汚らわしい、過去の人物を思い返したのだろう。
でもそれは仕方がない。確かにあった幸人さんの過去だ。それを否定できないしする気もない。でも……それを、幸せで上書きすることはできるはず。
うん、そう。あたしはそうしたい。
だから、どんな手段だって正当なのだ。彼の過去を知るのも、現在を記録するのも、未来を鳥かごで囲いたいと思うのも。
「幸人さん、こういう話、好き?」
「ああ、好きだな」
ちらり、と雑誌から視線を上げての何気ないその一言に、あたしは、ぶしゅう、と自分の頭が湯気を立てる音を聞いた気がした。
あたしに向けられた訳じゃないのに、その一言は強力過ぎた。ただそれだけで、女の部分が熱を帯びる。心が焼き切られて、何も考えられなくなりそう。溺れて溺れて、彼に溶けてしまいたくなる。
「おい、大丈夫か? すげえ汗だけど」
「……だ、大丈夫。興奮しすぎてるだけだから」
「竜禅寺がそんなにアニメが好きだとはな―」
はしたなくて言えない理由からの発汗を、ハンカチで拭いながらあたしは思う。
あなたに興奮してるんですけど!
というかあたし、打たれ弱すぎない!?
というか幸人さん、自然体過ぎない!? あたしっていう美少女を前に関心がアニメって!
いや、あたしの外見に執着する人じゃないって知ってるしそこがまた魅力的なんだけど、それにしたってちょっとはドギマギしてもいいと思うのよ!
ほらほら、髪はつややか天使の輪、清楚なワンピースから覗く手足は白くって、腰もきゅっとくびれててスタイル抜群! こうやってジュースを両手で抱えて飲む姿なんて、ただそれだけなのに絵画みたいでしょう!? おまけに貴重な眼鏡装着仕様! トレーディングカードならシークレットレアとかで取引価格は青天井よ!? なのに、きらきらした瞳が向かうのは、アニメ雑誌のロボット……! その大気圏突入シーン、あたしも好きだけど!
「今度、強化パーツ装着バージョンのプラモデルが出るって話なんだよな。置く場所ないけど、買うの迷うわ」
けだるげにテーブルに頬杖を突く幸人さん。その視線は相変わらず雑誌に向かい自然体で、首筋が露わになっている。あたしの視線はそこにくぎ付けだ。キスや歯型の雨を降らせたい。マーキングしたい。
なんておくびにも出さずに、つい質問を投げかけてしまった。
「作るのが好きなの、飾るのが好きなの?」
「どっちも好きなんだよなー」
質問を間違えた、と思った時にはもう遅かった。
好き、のフレーズが押し寄せてくる。あたしに言っているわけじゃないのに、「制服姿も私服姿もどっちも好き」に変換されて聞こえる。重症だ。耳と脳が変になっている。
それでもぎりぎり理性のなせる業、この会話を楽しみたいがため無難な会話を唇が紡ぎ出す。
「……置く場所に困ったら、あたしが引き取るわよ?」
「お、マジか。ありがたい……いや、それが当然になっちまうのもダメだな。気持ちだけ受け取っとくわ」
「そう、残念」
ほんっっっっっっっっっっと残念! 幸人さんのあれこれが触れた物品を入手する機会だったのに! 遠慮なんていらないのに! でも、幸人さんのその感性が愛おしくて、なんにも言えない!
幸人さんが注文したブラックコーヒーのストローに口をつける。吸い上げる。飲み下す。ストローから口を離す。一瞬、唾液の橋がかかったように見えた。
ストローになりたい。
ごくり、とあたしの喉がうごめく。幸人さんの唇に目が奪われる。雑誌に夢中で、緩んでいるその口元。あれが……自分の肌を這う所を想像してしまった。
オレンジジュースはすでに飲み干していた。
す、とあたしは徐に立ち上がる。
「ん? どした?」
「えっと、今日はありがとう。もう帰るね?」
「ああ、引き止めて悪いな。楽しかった」
「うん、あたしも。それじゃあ、またね」
「……ああ」
また、に明確な返事はなかった。でも、それで十分。楽しかった、の一言があたしの全身を幸福感で満たす。
というか、それどころではなかった。最後の最後に官能的な妄想をしてしまったせいで、色んな所が大事故になってしまっていたのだ。そっと動かないと零れてしまう。とんでもない失態を晒してしまうような、公衆の面前でそれはない、というような。愛しの人の前で、それだけはやってはいけない、というような。とにかく、ぎりぎりのぎりぎり。具体的に言うと洪水発生、決壊寸前。
気遣うような幸人さんの視線に惚れ直しつつ、後ろ髪ひかれながら、あたしはカフェをしずしずと後にする。そうしてもう大丈夫、という位置まで来た時。
「迎えと着替えお願いっ。大至急っ」
それ以上動けず、あたしはスマートフォンに泣きついていた。
もおお! あたしの防御力、低すぎる! こんなことでタイムアウトになっちゃうなんてええええっ! でもあのままだったら確実にアウトだったし! どうすればよかったのよおおおっ!?
ホンット!!
しまらないなあ、あたし!!
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