第8話


「ば、ば、ば、ば、バックハグされた⁉」


 今井はカフェ全体に聞こえるほどの、大きな声を出す。


「おい、声がでけえよ」


 俺は驚きすぎて固まっている今井に言う。やっぱ、話すんじゃなかった。


 あのライブのあと。俺は電車に乗る直前、イミにバックハグされた。俺らはそのまま数秒固まってしまい、俺が乗ろうとした電車は行ってしまった。


「イミ……?」


 俺は、まだ状況が理解できずに、とりあえずイミの名前を呼んだ。


「……!」


 イミは我に返ったのか、俺から離れて思い切り顔を赤くした。そしてその瞬間にイミが乗る電車が来たので、イミは逃げるようにそれに乗った。


 そして今日、俺は今井を呼び出してそのことを報告することにした。


「そ、それホント?」


「……ああ」

 今でも思い出すと、少し俺にとっても恥ずかしい出来事だった。


「あんたがわざわざ呼び出すから、すごい進展したのかなって思ったら。私の想像以上に進展してたね!」


 カフェで注文したミルクティーを飲みながら、今井は笑顔で話す。


「進展って……」


「十分進展してるじゃん! しかも、衣冬から抱きついてきたんでしょ? わんちゃん両想いあるかもよ!」


 確かに、それは俺も思った。


「ま、明日はクラス替えだし、同じクラスになれるといいね!」


「同じクラスって……文系と理系で分けるんだから、同じクラスになれないんじゃね?」


 それを聞いた今井は「ふふふ」と笑う。


「先輩から聞いた話なんだけどね、8クラス中、2クラスくらい文系と理系が混合してるらしいから。同じクラスになれるかもよ?」


「え? そうなん?」


 てっきり、文系と理系できっちり分かれると思っていた。これならイミとまた同じクラスに……。


「って、別に俺はイミと付き合わなくてもいいし。無理やりくっつけようとするなよ」


「ええ⁉ 彼女欲しくないの⁉」


 飲んでいたミルクティーが口からこぼれそうな勢いで、今井は言った。


「別に……彼女がいたって……」


「つよがんなくていいんだよ。ホントはめっちゃ好きなんでしょ? 衣冬のこと」


 俺は誤魔化すために、注文したカフェラテを飲む。


「ま、とにかく明日だね。一緒のクラスになれるといいね。私もあんたと同じクラスになりたいけど」


「お前はいらねえよ」


「ひっどー!」




 二週間程度の春休みが終わって、今日は久しぶりに登校日だった。今井さんとか工藤くんには最近会ってなかったし、元気かな?


 小村くんは……。


 小村くん、と言われると、あのことを思い出してしまう。ほぼ無意識に、小村くんに抱きついてしまった。


 大丈夫かな? もしかして嫌われちゃったり……。もし会ったら、どんな反応されるんだろう。


 でも、今日はクラス替えだし。小村くんは理系だから、同じクラスになることはないだろうし。とりあえず一安心? このままでも、いいのかな……?


「あ! 衣冬おはよ!」


 後ろから今井さんの声がした。振り返ると、久しぶりに見た今井さんが自転車に乗っていた。


 今井さんが手を振ったので、私も手を振り返した。


「今日から二年生だね」


 こくん。


「あ、そうだ。春休み小村と行ったライブ、どうだった?」


「!!!!!」


 私はどう反応すればいいか分からず、顔を赤くしながら下を向いた。


(衣冬、下向いちゃった。衣冬もあのことだいぶ気にしてるみたいだね)


「ま、いいや。新しいクラス気になるし、行こ!」


 ……こくん。




 新しいクラスは、二年生の下駄箱の前で発表されるらしい。既に発表されているらしく、人が沢山集まっていた。


 私は背が低いので、よく見えなかった。そのため、背が高い今井さんに確認してもらうことにした。


「あ! 衣冬あったよ! 4組だって!」


 4組なんだ。


「あ、私は8組だった。違うクラスだね」


 今井さんと違うクラス。ちょっと不安かも。小村くんは何組なんだろう?


 確認しようとしたら、今井さんがもう教室に向かおうとしていたので、私はついていくことにした。


 ――ここが、二年四組だよね。


 教室の前に書いてある「二年四組」という文字を見て、教室に入った。


 教室にはもう数人いた。顔はほとんど知らない人だれけで、不安になった。


 ――知らない人だらけ……。上手くやっていけるかな……?


 とりあえず、私は自分の席に座る。この後は、体育館に移動して、担任の発表されて、帰宅。新しい担任も気になるな。


「ねえ、岡崎さんだよね?」


 肩がビクッと跳ねて、私は声の方向へ首を向ける。そこには私の知らない人がいた。


 こくん、と頷いたあとに「どうして名前、知ってるの?」と首を傾げる。


「岡崎さんって、去年転校してきた人だよね」


 こくん。


「やっぱり、学年で噂になってるんだよね岡崎さんのこと」


 ――噂?


「あんまり喋らないけど、めちゃくちゃ可愛い子が転校してきたって」


「可愛いくなんてないよ」と照れながら首を振る。


「噂通りめっちゃ可愛いね」


 私はもう一回首を振る。


「そんなことないよ。ねえ梨乃りのもそう思うでしょ?」


 彼女は後ろを向いて、友達に話しかける。


「ん? なに?」


「ほら、噂の転校生。めっちゃ可愛いでしょ?」


「ああ、この人が。ホント可愛いね」


 そこまで可愛いと言われたことないので、首を振るのを諦めて、顔を赤くした。


「あ、私の名前は咲亜さくあ。この子は去年も同じクラスだった莉乃。よろしくね!」


 咲亜さん、莉乃さん。名前覚えるのは苦手だから、私は何回も名前を唱える。


「岡崎さんの下の名前って、衣冬だよね?」


 咲亜さんが私に聞いて、私はこくん、と頷く。


「じゃあ衣冬って呼ぶね。衣冬って文系だよね?」


 こくん。


「私は理系。莉乃は文系だって」


 ――あれ? クラスって確か、文系と理系で分かれてるんじゃ……?


「なんかこのクラスだけ文理混合らしいよ」


 莉乃さんが言う。


 ――文理混合クラスなんてあるんだ。そういえば、小村くんはどこのクラスなんだろう?


「ちょっと莉乃、見てよあの人」


 咲亜さんが後ろを向いて、ある人に指を指した。


「え、めっちゃイケメンじゃん」


 莉乃さんは、口で手を抑えながら歓喜する。


「あの人って確か……」



「小村って人だよね?」



 ――小村……?


 咲亜さんが言った言葉に、私は反応する。


 ――小村ってまさか……!


 私は振り向くと、あの小村くんが椅子に座っていた。


 

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無口な私がイケメン男子の余命を調べたら残り半年だった話。 ここあ とおん @toonn

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