第7話
「ライブ……?」
私は放課後、小村くんから送られてきたメールを見た。『一緒にライブ見に行かない?』という誘いだった。
『うん。今井が行ってこいだってよ』
『意味わかんねーよな』
「今井さんが?」
『うん』
『せっかくだし行ってみよーよ』
小村くんと一緒にお出かけ。ちょっと、楽しそう。
「うん。いいよ」
『まじ? ありがと!』
「そのライブはいつなの?」
『あした』
あ、明日……?
「あ、イミ! こっち!」
改札の前で待っていた小村くんが、手を振って私を呼ぶ。
小村くんはかっこいい服を着ていて、学校とは少し違う雰囲気があった。
――かっこいいね。
心の中でそう呟いた。本当は、ちゃんと伝えたいけど。
「可愛いね」
小村くんは私が言いたかったようなことを先に言う。そんな急な言葉に、私の顔は赤く染まってしまう。
――ありがとう。
ペコリと今までで一番大きなお礼をした。
「ホント、急なお願いでごめんね。今井のやつがさ……」
小村くんはポッケに手を入れて、恥ずかしさを隠すように言う。本当は小村くんも、私と出掛けたかったんだろうな。
だって、私のこと――。
「じゃあ、時間もあんまりないし行こ」
――でも、私もちょっと楽しみ。
「うん!」と思わず口から出てしまいそうになるような、頷きをした。
小村くんと行ったライブは、まだあまり知られていないバンドのライブだった。でも、当たり前のようにバンドのレベルは私達よりも高く、無意識に「すごい」と思ってしまった。
軽音楽初心者でも分かる圧倒的な差に、私は思った。
「……こんな演奏、私もしてみたいな」
自分でも気づかないくらい、自然と声が出ていた。ライブの大音量で、小村くんと私の耳には届かなかったけれど。
小村くんもそのライブに見とれていた。まるでこの世のものではないものを見るかのように、真っすぐとその演奏を見ていた。
気が付くと演奏はもう終わっていて、私たちは大きく拍手をした。
「めっちゃすごかったよな、あのライブ」
こくん。こくん。こくん。と何度も頷いた。本当にあれは凄すぎる演奏だったから。
「なんか久しぶりに興奮して疲れたわ。どっかカフェでも行こうぜ」
カフェ。二人で? 二人……。
こっくん! と大きく頷いた。
まるでデートみたい。
「すげえ。首がもげそうなほど頷いてんね」
そう小村くんから言われると、少し顔が赤くなった。
カフェについて、俺とイミはココアを注文して席に着いた。イミはさっそくココアをうまそうに飲んでいた。
俺はポケットからスマホを取り出すと、メールの着信が11件来ていた。
【衣冬とのデート頑張ってねー!】
【ちょうどライブ終わった頃かな?】
【ちゃんと衣冬の面倒見るんだよ!】
【終わったあとはどっか行こってさそったら?】
【衣冬のと初デート楽しんでね!】
【なんか進展させてね!】
【いい結果まってるよー!】
【あそうだ】
【衣冬絶対おしゃれしてくるから】
【ちゃんと褒めてあげてね!】
【まああんたは気づかないか笑】
「うるせーな、あいつ」
イミに聞こえないように、ボソッと呟いた。
俺はデートのつもりで誘ったんじゃねーし。あいつが一方的にチケット渡してきただけだろ。進展なんてするわけない。
おしゃれしてくると思うから、褒めろ? ぱっと見いつもと変わらなかったけど。
と、俺は顔を上げて、イミを見る。
学校では結んでいる髪を今日はおろしている。うっすら肌が白くなっている気がする。化粧でもしてきた? 服は、リボンがついたワイシャツに、制服より短いスカート。香水の匂いなのか、うっすらいい匂いもする。
「……?」
気づけば、イミが首を傾げて俺の方をじっと見ていた。ずっと俺がイミの方を見ていたから、不思議に思ったのだろう。
「あ、ごめん。えーっと……今日のイミ、可愛いな……って、思って」
すると、イミの顔がぱっと明るくなるのが分かった。
「ありがとう」
そう言った気がした。イミは頷いただけだったが。
今井の命令に従うのは嫌だが、自分のためなら俺はイミと進展させてもいいな、と思った。
「あ、もうこんな時間か。そろそろ帰る?」
イミも腕時計を確認して、こくんと頷いた。
イミが席を立つ瞬間、俺は彼女の胸を見て切ない気持ちになった。
カフェから駅に向かう途中、話す話題が見つからず、私たちは無言で歩いていた。
――なんか気まずいな。
私は、小村くんをこっそり見る。
小村くんは、白いオーバーサイズのシャツを着ていて、首にはネックレスがついていた。かっこいい私服だった。
そして、彼の余命も自然と目に入ってきてしまう。
――あと、5か月。今年の九月くらいまで。
――どうして、小村くんは死んじゃうんだろう。
「そういえばさ」
小村くんが急に声を出すので、私の肩がビクッと跳ねた。
「もうすぐクラス替えじゃん」
――あ、そっか。もうすぐ高校二年生になるんだ私。
「俺ら、またクラス同じになれるといいね」
こくん。
二年生は、文系と理系に分かれてクラスを決める。私は文系。今井さんも文系。小村くんは理系。工藤くんも理系。
だから、同じクラスになることはない。
「イミは、将来の夢とかあるの?」
――私の、将来の夢……。
私は、手をチョキの形にして、それをはさみのように切る仕草をした。
小村くんは少し考えて。
「あ、美容師?」
こくん!
「美容師になりたいんだ。いいねぴったりじゃん!」
「そうかな……」と私は恥ずかしがった。
――小村くんはなんだろう?
「俺は、歌手になりたい。歌、好きだし」
へえ、歌手かあ。と私は頷いた。でも、私はその夢が叶わないのを知っている。
「お、駅見えた。イミってどっちの電車乗るの?」
私は「こっち」と指をさす。
「あ、じゃあ逆方向だね。俺あっちだから」
私たちは改札を入って、ホームまで一緒に行った。
ホームに行ったタイミングで小村くんが乗る電車が来た。
「お、ちょうどいいタイミング。じゃ、また学校で」
小村くんは片手をあげて、私を見た。
電車のドアが開いて、小村くんがそれに乗ろうとした。
――今日、楽しかったなあ。
私は電車に乗ろうとする小村くんの背中を追いかけた。
――私、小村くんのこと。
そして、彼の背中からぎゅっと、彼を抱きしめた。バックハグをした。
――好きかも。
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