第2話 歌わないけど軽音に。
「イミって家どこ?」
帰りのホームルームが終わって、クラスメイトはがやがやと喋りながら掃除の準備を始める。今月私達の班は掃除がないため、私は帰ろうとリュックを背負ったとき小村くんに話しかけられた。
(イミじゃなくて
「一緒に帰ろ!」
小村くんは眩しい笑顔を浮かべる。
昼休みに見てしまった小村くんの余命。私はそれを思い出した。
「お、工藤も一緒に帰ろーぜ」
「悪いが、僕は今日図書室に行きたいんだ」
たくさんの本を抱えながら彼は言う。
「相変わらず、真面目だな」
「岡崎さんも一緒に来るかい?」
「え? 私?」と思い、私の身体は一瞬ビクッとする。
「イミは俺と一緒に帰るから。ね!」
(だからイミじゃなくて衣冬だってば……)
私は、心の中でツッコミを入れる。
「ねえ、さっきからイミって言ってるけど、衣冬でしょ?」
今井さんが呆れ顔で小村くんに言う。
「そだっけ? どっちでもいいじゃん」
「バカなのあんた……」
まるで、漫才を目の前で見ている気分だった。
「こんなうるさい女子ほっといて帰ろ」
そう言って小村くんは、私の背中をポンと叩いた。
「うるさい女子ってなんだよ!」
(そういう所じゃ……)
私たちは下駄箱で靴に履き替えて、小村くんは自転車で登校しているから、駐輪場の近くで彼が来るのを待つ。
まさか転校初日でお友達ができるなんて思ってなかった。いや、お友達ってもう呼んでいいのかな? でも、彼らと仲良くなったのは確かだ。
「おまたせイミ!」
だから衣冬だってば。この人、ボケてるのか本気で間違えてるのかわからない。
「あれ、イミって電車?」
私はこくん、と頷く。
「へえそうなんだ。じゃあ駅はこっちだから俺もそっちから帰ろ。俺の家逆だけど」
(……この人、意外と優しいんだな)
そして小村くんは自転車を押しながら、一緒に歩く。
「イミってなんで転校してきたの?」
「…………」
「あ、ごめん。話したくない?」
私は、話したくないじゃなくて、話せない。性格からなのか、私の余命を見る能力の代償なのか。
「あ、そうだ。メール交換しようよ、スマホ持ってる?」
メール……。
実は私、お友達とメールは交換したことはあるが、会話は全くしたことがない。小村くんと交換しても、会話するかな……? と、思いつつ私はリュックからスマホを取り出す。
「じゃあ交換するね〜」
私たちはメールを交換し合った。転校してきて、初めてのメール交換。
「イミのアイコンって、これピアノ?」
早速、私のプロフィールを見ていた小村くんが問う。
こくん。
「ピアノ弾けるの?」
こくん。
「へえ、すごいね」
誰かに褒められたのも久し振りかも。私は照れて、顔が熱くなる。
「そうだ、イミってどこの部活入るの? ていうか前の学校は何部入ってた?」
前の学校は……と思い出しながら私は声に出す代わりにさっき交換したメールで伝える。
『華道部に入ってました』
「へえ、華道部ね」
メールと口の会話は中々特殊だなと自分でも思う。
「ここでも華道部入るの?」
『その予定です』
私は華道に興味があるというわけではなく、ただおばあちゃんの家がお花屋さんで小さい頃からお花が好きだったからだった。
「お、あっと言う間に駅に着いた。じゃあ、また明日ね!」
彼が手を振ったので、私も小さく手を振る。
初めて、学校生活が充実してるな、って思ったのが今日だった。
「お願い衣冬!」
(急な頼み事に困惑する顔)
「おい、岡崎さん困惑してるじゃん」
「でも、人が足りないの! 私と一緒に軽音入って!」
(さらにどうすれば分らなくて混乱する顔)
「イミ、こんな猿みたいな女子の頼み事無視しても大丈夫だから」
「小村は黙ってて!」
(混乱しすぎて自分でもよく分からない顔)
軽音って、軽音楽部のことだよね。ギターとかドラムを使って歌うやつ。
「衣冬ってピアノできるでしょ? 小村に聞いたよ」
こくん。
「今度、私達が歌う曲がさ、イントロとか間奏でめっちゃピアノが出てくる曲なのね。ピアノ無くしちゃうとその曲の魅力? がなくなっちゃうからさ」
言いたいことはなんとなく分かった。
「でもうちのバンドにピアノ弾ける人いなくてさ……だからお願い!」
今井さんは、私を拝むように両手を合わせて頼む。今井さん、困ってるし……。
(あんまり乗り気じゃないけど、それを隠す頷き)
「え? いいの? やった〜!」
クラスメイトの視線の先には、くるくる回る今井さんがいた。
「じゃあ、早速今日から部活来てもらっていい?」
(え? 今日から? とちょっと不安になりながらの頷き)
本当に私なんか、役に立てるかな?
「いきなりだけど、これ楽譜ね」
私は頷きながら、その楽譜を受け取る。
この曲は2年前くらいに流行った曲で、ピアノが一番目立つ部分が一番難しい。
「ちょっと難しいけど大丈夫?」
(う、うん。と動揺しながらの頷き)
確かにこの曲は凄く難しい。そもそもテンポが速いし、細かい音を柔らかく弾かなければボーカルよりも目立ってしまう。
「じゃ、早速練習してみて!」
私は近くにあったキーボードで音を出してみる。キーボードと言っても、見た目はピアノと一緒だから操作はなんとなく分かる。
「どう? できそう?」
(少し自信ある頷き)
「よかった、じゃあもういっそのこと軽音入っちゃう?」
私は「え?」と思う。入ろうまでは、考えてなかったから。
「まあ、すぐに決められないよね。いいよゆっくりでも」
(少し申し訳無さそうな頷き)
ピアノは好きだけど、軽音はよくわからない。なんとなく、明るい人が入ってるイメージだから、私みたいな人が入ってもいい場所なのかな?
「あ、小村遅いよ!」
「ごめ〜ん、教室でゲームしてたらこんな時間経ってたわ」
軽音楽部が使ってる教室のドアから、小村くんが入ってきた。小村くんも軽音なんだ。
小村くんは背中に大きなギターを背負っていた。そしてそれを自分の前に出して、ギュイーンと大きな音を出す。
(かっこいいな……!)
私はそう思って、ずっと小村くんを見ていた。
「小村のことずっと見てどうしたの〜?」
今井さんがニヤケながら私を見る。その言葉に思わず顔が赤くなる。
でも、知っている人がいるのは心強い。
(入ってみようかな、この部活)
「と、言うことで、うちのバンドに新しいメンバーが入ることになりました〜!」
今井さんが、無駄に大きな声で私を紹介する。
今井さんと、小村くん、あともう一人知らない人。私は今日からこのメンバーで活動していくことになる。
(よろしくお願いします! とお辞儀をする)
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