復活の魔王
うさぎとカメはかけっこ勝負をした。
ゆっくりと歩くカメを、圧倒的な速さで置き去りにするうさぎ。
彼は慢心していた。
これだけ差があれば、途中で昼寝をしても余裕で勝つだろうと。
目が覚めた時、カメは既に山の頂上付近にあるゴールに到達しようとしていた。
焦り、がむしゃらに走るうさぎはどこからともなく聞こえてきた不思議な声に契約を持ち掛けられた。
力が欲しいか? と。
鈍足のカメに負けるという絶望的な未来を嫌ったうさぎは、誘いに乗ってしまう。
果たして、彼は無敵の力を手に入れた。
身体が巨大化し魔王と化したうさぎは、凄まじい力を手に入れたと狂喜する。
だが、カメとのかけっこ勝負は続いていたのである。
結局勝負に負けたうさぎは失意と共に地に伏すのだった。
――あれから、千年の時が過ぎた。
「くそっ、どうしたらいいんだ!」
額から流れる血をそのままに、青年が叫ぶ。その腕の中には、青白い顔をした少女が今にも息を引き取ろうとしている。
「アラン……私はもう……せめて、あなただけでも生きて!」
残された気力を振り絞り、少女が青年に逃亡を促す。だが、アランと呼ばれた青年は涙を流し首を振る。
「馬鹿を言うなッ! お前を置いていけるわけがないだろ、セリーヌ。死ぬときは一緒だ」
互いを思い合い、見つめ合う二人。その頭上を影が覆う。
「クハハハハ……美しい愛情だな。だが、無意味だ」
グシャリ。
愛し合う二人は、悲鳴を上げる間もなく巨大な足に踏みつけられ、赤い液体に変わった。
「う、うわああああ!」
少し離れた建物の陰に隠れていた男が、悲鳴を上げて逃げ出す。その後を楽し気に追うのは、たった今恋人達を踏みつぶした黒竜。
「逃げろ、逃げろ! 無様に逃げ惑ってワシをもっと楽しませるのだ」
その体長はゆうに百メートルを超える。人間が全力疾走で進む距離を、一歩で追い抜いてしまう巨体だ。逃げ切れるはずもなく、すぐに袋小路に追い込まれる男。黒竜を見上げるその顔は恐怖で引きつり、もはや助かる術はない事を悟っていた。
「さて、焼き加減はどれがいい? レア? ミディアム? ウェル・ダン?」
「ひ、ひぃぃい!」
「そんなに火が好きか、ならば骨まで焦がしてくれよう!」
黒竜の開いた口から灼熱の炎が吐き出され、男は一瞬で蒸発してしまった。
「少し火力が強すぎたか? さて、そろそろ約束の地へ向かうとするか」
黒竜はその場で翼を広げ、悠然と飛び立った。
――うさぎとカメの
「ふもとの村も全滅したそうだ」
「なんという事だ、あの化け物が現れてから数多の国が滅びた。この国ももう終わりか……」
カメがゴールしたあの山は、世界中から集まった無数の怪物に囲まれていた。怪物達は世界各地で破壊の限りを尽くした後、一様にこの山を目指していたのである。
「神様……どうか我等をお救いください」
山の上に追いやられた人々は、強大な怪物への対抗策も見出せぬまま神に祈りを捧げていた。
「大丈夫だよ! ボク昨日夢で見たんだ。お空の向こうから正義の味方がやってくるって!」
ある子供が言った。通常なら大人達は誰もその言葉を信じないが、もはや藁にも縋る思いの彼等は皆その言葉を信じて空を見上げるのだった。
「クカカカカ! 揃いも揃ってアホ面浮かべて、そんなにワシの到着が待ち遠しかったか?」
果たして、空の向こうからやって来たのは破壊の化身、黒竜だった。
「ああ……神は我等を見放したか」
絶望に打ちひしがれ、地面に膝をつきうなだれる長老を若者達が支える。彼等の表情も、苦悶の色に支配されていた。
「さて、我等が王の復活を祝う料理は貴様等の丸焼きだ!」
不思議な力で空中にホバリングし、口を開く。
「そこまでだっ!!」
そこに、更なる上空から声が掛かる。人々が見上げるよりも早く、黒竜の頭を何かが上から打ち付けた。
「グアッ!? 何奴!!」
衝撃で落ちそうになるのを何とか羽ばたきでこらえ、攻撃者を探す。
それは、巨大なカメだった。
「カメが空を飛んできただと!?」
「ふふふ、カメとて千年も生きれば空ぐらい飛ぶさ」
いや、それはない。
何はともあれ、空からやって来たカメこそが正義の味方なのだと、人々は信じた。そう信じるより他にないのだ。
「来たよ! 正義の味方はカメだったんだ!」
はしゃぐ子供。睨みつける黒竜を、カメが再び攻撃する。頭と手足を甲羅に引っ込め、回転しながら空を飛んだ。
「カメェェェェェ!!」
吠える黒竜、突撃するカメ。二者が空中でぶつかろうとする、その時。
――ゴゴゴゴゴゴッ!
山が揺れた。黒竜を弾き飛ばしたカメは人々を守るように地面に降り立つ。
「まさか……ついに復活するのか。魔王が!」
千年を生き、空を飛ぶカメ。彼こそが千年前この山でうさぎとのかけっこに勝利したカメである。その彼が山にやってきたことで、この地に眠る魔王が千年の眠りから目覚めたのだ。
『グググ……カメ……』
地中から響く恐ろしい声。振動は一層激しくなり、地面に亀裂が走る。その傍にカメの攻撃を受けて着地した黒竜が近寄った。
「おおっ、我等が王の復活だ!」
歓喜の声を上げる。それに呼応して山を取り囲んでいた無数の怪物達が思い思いに吠え声をあげて魔王を讃えた。
「魔王……千年の眠りを経てなお憎しみを滾らせるか。何がお前をそこまでさせる?」
地面に向かってカメが問いかける。それに答えるかのように、亀裂から世にもおぞましい姿をした魔王が這い出してきた。
『何が……だと?』
その目は、強い憎しみを持ってカメを見据える。
『この千年、我は眠りながら世の興亡を見つめてきた。多くの命が生まれ、町が出来、国が興り……そして死に、滅びてゆく、うつろいゆく世界にあっても決して消えぬ我が思い。
かつて、如何なる者の背中も見た事無く、あらゆる戦いに勝利し続けた我の……ただ一度の敗北!!
我こそは最強! 我こそが最速!! 決して負ける事など許されぬのだッ!!!!
今こそ貴様を倒し、我の唯一の汚点を払拭し、再び頂点に立つ時が来た!』
――うおおおおおおおおお!!
怪物達の歓声が地面を揺るがす。人々はそのあまりに恐ろしい光景を見て、ただ震えることしか出来なかった。
「なんという憎しみだ。だが、私がなんとしてもお前を止めてみせる!」
カメは腹の下にいる人々を守るため、四肢を踏ん張り如何なる攻撃にも対応できる姿勢を取った。魔王は鼻を鳴らし、そんなカメに次の言葉を投げかけた。
『かけっこで勝負だッ!!!!』
一瞬静まり返る山。魔王がカメに要求する勝負は、かけっこ――いわゆる徒競走――だった。
『飛ぶのは禁止な! コースはあそこのふもとから山頂の一本松まで!』
「お、おう……だがこの体ではすぐ終わるぞ?」
カメも魔王もかつてとは比べ物にならない巨体となっていた。
『かかる時間に意味は無い! 勝つか! 負けるかだッ!!』
そんなわけで千年を生きた化け亀と魔王と化したうさぎのかけっこ勝負が始まったのだった。
「それでは両者スタートラインについて……三、二、一、スタート!」
黒竜の合図で走り出す二人。まず前に飛び出したのは魔王、数歩遅れてカメが続いた!
魔王速い魔王速い! 早くも最初の難所、S字カーブに差し掛かった!
負けてはいないカメ! ピッタリと魔王の背後について追いかけていく! お前は本当にカメか!
おおっと、魔王がS字の最短ルートを駆け抜けた! さすが魔王、さすまお!
ああっ!! カメが甲羅に籠って転がり出した! カーブに沿うような滑らかな走り! これで坂を登れるのか?
心配はいらないとばかりにジェット噴射だ! 空を飛んでいないからOKなのか!? 転がる転がる! 直線で魔王と並んだぞおお!!
二人並走のまま第二の難所、縦ヘアピンカーブへ! 激しいアップダウンをどう攻略する!?
ここで魔王が両脚揃えてジャンプ! う、うさぎ跳びだあああああ!!
魔王のジャンプ力で転がるカメを一気に引き離す! これは勝負あったか!? 魔王はそのまま最後の難所、十連ヘアピン階段に突入したあああ! 誰だこんな階段作ったの! ヘアピンの意味あるのかああああ!!??
登る登る! 魔王は百段抜かしで飛び上がる……ああーーーーっ!! つまずいたあああ!!!!
すかさず距離をつめるカメ! 転がってるから階段も関係ないぞ!
両者再び横並びで最後の直線を進む! どっちだ? どっちが先にゴールラインを越えるんだ!?
今、両者並んでゴォオーーーール!!
勝負は写真判定に持ち込まれます。厳正な審議の結果……カメが一ミリ前だったあああああああ!!
勝者、カメ! なんと世紀の一戦を制したのは下馬評を覆してカメだ――――っ!!!!
『なん……だと……まさか、一切の油断なく勝負した我が負けたというのか』
その場に崩れ落ちる魔王。身体が徐々に光の粒子となって崩れていく。集まっていた怪物達も同様に崩れる。世界は滅亡の危機を脱したのだ。
『何故だ……何故、うさぎである我がカメにかけっこで勝てない? あの時、昼寝さえしなければ……』
……やり直したいか?
『ああ、やり直したい。もう一度あの時に戻れたら、今度こそ昼寝なんかしない!』
よかろう、もう一度だけやり直すチャンスを与えよう。
『ところで、結局お前は何者なんだ?』
ただの神だ。
『そうか、あなたが神か……』
魔王の意識が遠くなり……次に目が覚めた時、彼は一匹のうさぎだった。
「ここは……?」
キョロキョロと辺りを見回すうさぎ。そこに小さなカメがのそのそと歩いてきた。
「!!」
間違いない、あのカメこそ千年前、彼を勝負で負かしたカメそのものだった。
「やい、カメ! 俺とかけっこで勝負しろ!」
迷わず、彼はカメに勝負を挑んだ。カメは不思議そうに彼を見上げる。
「えっ? 君、足が速いって評判のうさぎでしょ? のろまの僕なんかとかけっこしてどうするの?」
「馬鹿言うな、お前のどこがのろまなんだ! 俺はお前に勝たなきゃいけないんだよ!!」
こうして、うさぎとカメは三度かけっこ勝負をすることになったのでした。
勝負の行方は神のみぞ知る。
うさぎはどうしてもカメに勝ちたかった 寿甘 @aderans
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