うさぎはどうしてもカメに勝ちたかった

寿甘

うさぎ、走る

 うさぎは焦っていた。


 カメが今にもゴールに辿り着こうとしているのだ。必死に地面を蹴り上げ、土煙を上げながら山の頂上を目指す。


「ちくしょー、どうしてこんなことに!」


 昼寝をしていたからである。


「俊足を誇るこの俺が! 鈍足のカメなんぞに!」


 昼寝をしていたからである。


「負けるわけにはいかないんだ! カメなんかに負けたら山の連中から笑われるんだ!」


 うさぎは死に物狂いで走りながら、絶望的な未来を思い描いていた。


「俺はこの山で一番の俊足だ。誰もが羨む最速のうさぎだ。何人たりとも俺の前を走らせない!

……それが、ただ一度の敗北によって惨めな笑い者に変わってしまうなんて。どうして!!」


 昼寝をしていたからである。




「さっきからうるせーぞナレーション!」


……力が欲しいか?


「えっ?」


 あと数歩でカメはゴール。お前はまだ山の五合目。この絶望的な状況を覆すには、人智を超えた究極の加速力が必要だ。


「それが、手に入るのか?」


 ククク、勝ちたいんだろう?


 このままでは惨めな敗残者として一生を終えることになるぞ。


「嫌だ! どうしたらいいんだ、何でもする!」


 ならば、契約だ!


「な、なんだ? 体の底から力が湧いて来る! うおおおお!! 行ける! これなら勝てるぞ! あのカメに!!!!」


 うさぎの身体がみるみる変形していく。その場に二本足で立ち、全身の筋肉が増大。身長も伸びて二メートルに達しようとしていた。


「フハハハハ! 今の我は無敵だ! 何者にも負けることは無い! 愚鈍なカメが如何に努力しようとも、我に勝利することなど夢のまた夢! 無駄無駄無駄ァー!!」


 高笑いを上げるうさぎ、いやうさぎだったもの。その姿はもはやうさぎという可愛らしい生物の面影を欠片も残していない。


 これを形容すべき言葉は、悪魔……否、魔王である!!!!


 最早、彼に傷をつけることの出来る者などこの世には存在しないのであった!!!!!!


「よいしょ」


 カメがゴールラインを踏んだ。



「あ」



 どうやら盛り上がっている間にカメがゴールしてしまったようだ。


「うわあああああああああ!!」


 まあ、契約は勝つことではなく力を得ることだからな。これにて契約、完・了☆


「ふっざけんなあああああ!!!!」


 あ、契約の対価はお前の命な。


「えっ」




 次の日の朝、カメとのかけっこ勝負に負けたうさぎは山の中腹で冷たくなっているのを発見されるのだった。


 めでたしめでたし。

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