思い出と黒色

あぁいま

第1話

「これで終わりか。」


最後の1ページの表面までびっしりと埋まっていたノートを振り返る。

それだけこの頃の自分は満ち足りていたのだろう、何だか懐かしい気持ちになってきて今を忘れられている気がした。


「こんだけ書いてるんだから裏面まで描ききればいいのに」


そう思うも、毎日1ページずつ書いて丁度終えてしまったんだから仕方がない。


「せっかくだし、何か書こうかな。」


わざわざ声に出して言う。 どんな事でもいい 、 今の事じゃなくてもこの後あった思い出でも書けばいいじゃないか 。

空白の最後のページを開いて書こうとする 。でも、出来なかった。 単に腕が進まなかっただけだ 。そう思ってまた最後の文を眺める。

やはり、この頃の思い出は心を和らげてくれる気がする 。



『〜して楽しかった。来年は先輩はいないけど、OBとして誘ってまたこのメンバーで会いたい。今のうちにカッコイイ姿を見せられるよう練習しておこう。文化祭が終わったのは寂しいけど後ちょっで先輩が卒業するけどそれまでもたくさん思い出を作ろう』



読み終えて「ふぅ」とため息をつく。この時が1番輝いていたのだろうと思い、自嘲する 。昔の自分が今こうなっていることを予想出来ただろうか ーーー

そんなくだらないことが頭に過ぎったが直ぐに振り払った。


「ん?」


視線を再びノートにやっていると不意にそこに引き付けられた 。書き終わった後の2、3文字空いた微妙な空白。 それがどうにも気持ち悪く思えた。


「こんなにびっしり書いてあったのに最後のページといい何か勿体ないな」


裏面の時といい、僕にはおかしな癖があるのかもしれない 、そう思いつつも矢張り気になるものは気になるし、こっちの間の方はどうにもむしゃくしゃしてきて仕方がない 。


「ちょっとだけ付け足してやろう」


そう思えば早い 。ノートに挟みっぱなしだったHBの鉛筆を持つ。 何を書こうか悩むことも無く、


『 お疲れ』


と書き加える。 この頃の自分は本当によくやっていたと思う 。未来の自分から労いぐらいやってもいいだろう 。

もうこれを見るのも終わりにしようと思ったが何だかもう少し何か書いてみたくなってきた 。だけど最後のページに書き連ねるほどでもない気がして、お疲れと書かれた隣の罫線も引かれていない本当に少しの部分に小さく書こうとする 。今とは別人みたいに輝いていた自分に


『お前、本当にすげぇよ』と


「これじゃあ、なんて書いてあるかわかんねぇな」


空いている上のスペースに辿るのもましてや次のページを使うのも嫌になってただ同じ場所に文字を重ねる。 楽しくなって続きもさらさらと書いていく。

最初は自分を褒め称えるようなことを 。次いで昔の自分への羨望と形を変える 。

次第に内容はエスカレートして行った 。今の自分の情けない現状ばかりを連ねていく。



「俺もアイツらもみんな死んじゃえばい」



最後の1文字をかき切ろうとする所でふと我に返った。 体はベトベトしていて気持ち悪い。 殴るように固く握っていた手から汗と一緒に鉛筆が滑り落ちて行った。 無我夢中で書いていてまるで自分の身体じゃないみたいだった 。


再びノートに目をやると裏表紙の部分が浮いていて今にも閉じてしまいそうだった 。慌てて押しとどめようとすると何とか閉じられずに済んだ。 真っ白な面が自分を見透かしているように思えた 。



ノートをそのままにして椅子から立ち上がった 。


「もう頃合なのかもしれない」


そう思いながら窓際に立つ。 深夜だからか外は真っ暗で明かり一つ見当たらなかった。


ずっと下を向いてばかりで痛めた首をポキポキと鳴らす。



1面の闇を背後に前へ一歩向かう。


段差なんか気にならなかった。


1面の白を前にもう一歩進む。


足は滑り落ちるがもう動く気にはなれなかった 。


入居して1年のアパートの天井には1面の白に追いやられた小さな黒いシミがあった。

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