陰陽師、デートに誘う

「……いやー、気のせいじゃないか? 俺には何も聞こえなかったが」


 誤魔化しながら、何をやっているんだとかぐやにアイコンタクトを送る。

 しかし、かぐやは不可解な顔をしながら腑に落ちない様子だった。


 不貞腐れてるのか?

 気持ちはわかるが、それはダメだろ。


 まだオロオロしている七福さんにバレないように小声でかぐやに話しかける。


「おいおい、完璧に聞こえてたぞ。油断してたろ?」


(……)


 俺の声には反応せず、かぐやは何かを考えこんでいる。そんなかぐやの様子を見ている内に俺の表情も強張っていたのだろう。

 七福さんは、恐る恐る問いかけてきた。


「あ、あのさ。ごめんね、私なんかとご飯食べてもつまんないよね?」


 なんか、この世の終わりのような顔してる。

 相変わらず感情の起伏が激しいな。


 まあ、これに関してはこちらが悪い。フォローしておくか。


「いや、ある意味面白いけど。返答に困ることは多いが」


 パッと七福さんの表情が明るくなる。

 なんとも単純だ。それと同時に、また唸りながら必死に何かを考えている。この娘の思考回路はどうなっているのか。一度頭の中を覗いてみたい。


 まあいい。とりあえず、相手のペースにこれ以上ハマってしまう前に情報を集めよう。


 そもそも、情報収集の相手に七福さんを選んだこと自体が間違いだったのかもしれないが、とりあえず最近大学で何か変わったことがないかーー


「あ、翔也くんって映画とか好き? 今さ、大谷監督のーー」


「ああ、大谷監督の新作ね。今作は人気とかガン無視して演技派の俳優集めてアンサンブルとリアリティを追求したスーパーナチュラルの雰囲気を売りにしてる。ここにきて、本気を見せてきたって感じがするな。そっち方面に完璧に振り切りながらも繊細な演出が目立つし、何より創造性のーー」



「ーーというふうに、唯一無二という言葉をそのまま表したような作品なんだよ。それで、七福さんはもう見たの?」



 ……やるじゃないか、七福さん。

 まさか、大谷監督の映画の話題を出してくるなんて。もう自分でも何話してたか全く覚えてないけど、映画の話しするの楽しすぎてどうでもよくなってきた。



「えっ、えっとー。私は、これから見ようかなと」


「なるほど。七福さん、今日の夕方空いてる?」


「あ、うん。午後の講義終わったら暇だけど」


「よし、見に行こう」


 この娘は中々に見込みがある。

 一般的にはマイナー監督である大谷監督の新作をチェックするつもりだったとは。


 しかし、反応を見ている限りまだまだ魅力の本質を理解していないようだ。これは、俺の完璧なる考察をふまえて教えこまないといけない。


「近くの映画館でいいよね。駅前に17時集合でどう?」


「……集合? 誰と誰が?」


「いや、俺と七福さんが」


「……なんで?」


「だから、一緒に見に行こうって話し。あ、ごめん。嫌だった?」


「い、いい、嫌なわけないです! 映画見たいです!」



◇◇◇◇



(……)


「なあ、かぐや。悪かったって」


(……今日は本格的に調査をするって話しでしたよね? それがどうして、あの小娘と映画を見に行くことになるんですか?」


「だから悪かったって。正直、あんまり記憶ねえんだよ……」


 俺は一体どれだけの時間を使って語っていたのだろうか。気がついたら昼の時間は終わりかけていて、午後の講義が始まる時間が迫っていた。


 急いで俺達はまだ残っていた昼食をかっ込み、連絡先だけ交換して早々に解散した。

 連絡先の交換中、またしても七福さんは鼻血を垂れ流していたがツッコむのも面倒臭くてスルーした。


 次の講義の教室へは、少し距離がある。

 俺は早足で移動しながら、かぐやの説教を受けている真っ最中である。



(どうでもいいですけど。翔也様、女性と会話をする時は気をつけた方がいいですよ。普通に気持ち悪かったです。ドン引きされます)


「気持ち悪……かったか?」


(はい、キモかったです)


 かぐやにキモいと言われる日がくるとは思わなかった。あまりのショックで、これ以上何も言えなくなり黙り込む。


 これが友達いない奴の末路なのか。

 自分の好きなことを話せる状況に、異常なほどテンションが上がってしまったようだ。コミュニケーションって難しい。


 頭の中をグルグルさせながら反省していると、いつの間にか教室に辿り着いていた。


 人も多く、かぐやとの会話もこれまでのようだ。そのまま空いている席に座り、逃避をするように授業に没頭したーー



 ーーが、講義が終わる頃。隣で静かに、浮遊していたかぐやが急に口を開いた。


(翔也様……教室を出て下さい)


 俺は、かぐやの切迫つまる表情を見てノートを使い筆談で問いかけた。


"緊急事態か?"


 かぐやは頷く。そして、かぐやの口から出てきた言葉は全く予想外の内容だった。


(あの小娘の気配が、現世から完璧に消えました)

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