陰陽師、混乱する

「……は?」


 急に声を発した自分に、まわりに座っていた生徒達の視線が集まる。そして、一番前の席を陣取っていた俺の声は、講義をしていた教師にもバッチリ聞こえていたようだ。


「君、どうかした? 何か、内容におかしなところがあったかな?」


「いや……えっと。すいません、急用が出来たので退室します」


 急いで荷物をまとめて、早々と教室を出る。

高熱が出ても授業は休まない有名なガリ勉野郎が、講義を早退するなどあり得ないことだったのだろう。だいぶ、教室がざわついていたのを感じた。


 あまり目立ちたくはなかったが、今回ばかりは仕方がない。人気がない廊下の隅まで早足で移動し、息を整えると同時にかぐやに問いかける。


「……どういうことだ? 七福さんに、何かあったのか?」


(何があったのかはわかりません。ただ、追跡の術式をかけていた小娘の反応が、現世から完璧に消えました)


 かぐやは淡々と答えながらも、同時に怪訝な顔を浮かべている。かぐやの中でも理解できないことを、必死に解き明かしている最中なのだろう。

 ただ、七福さんの状況だけでなく、俺にはもう一つ理解が出来ないことが生まれていた。


「いやいや、なんで七福さんに追跡かけてんだよ……」


(怪しかったからです)


「怪しいって、何が? いや、確かにだいぶおかしな娘ではあるがーー」


(私の声が聞こえていました)



 かぐやの返答を受け、思い返してみる。


 《翔也様。この小娘、だいぶおかしいです》


 ……あの時か。

 確かに、七福さんはかぐやの声に反応し慌てふためいていた。ただ、俺が特に気にしなかったのは、過去にこういう例はあったからだ。



 かぐやは"神"である。この世界の生物には見えやしないし、声も聞こえない。それでも、俺や座敷童子がかぐやを見ることができるのは、自身が決めた対象には自分のことを認識できるように実体化をしているからだ。


 ただ、実体化の調整というのは中々シビアなものらしい。かぐやの無意識下で、その調節をミスる時がある。



 過去に、かぐやの活躍により円滑に任務を終えることが出来た際に、褒美として高級チョコの店へ連れて行ったことがあった。

 好きなものを選んでいいと言った途端、かぐやは早口でチョコの奥深さを語りながら吟味を始めた。完璧にテンション爆上がり状態だったかぐやは調節をミスり、認識の対象を周辺まで広げてしまった。何もない空間から少女の声が店内に響き渡るという怪奇現象を、見事に生み出してしまったのだ。

 そして、気づいた時には既に遅し。他の客や従業員はどよめき返っていた。



 このケースに限らず、かぐやの声が他者に聞こえてしまうポンコツエピソードは度々ある。

 あの時も、七福さんの奇行によりかぐやはだいぶイラついていた。だから、例の如く調節をミスったのだと思ったのだがーー



「……要するに、声が聞こえちまったのはかぐやのミスではなく、七福さん自身が感じとったと言いたいのか?」


(あの時、私が感情的になっていたのは事実です。ただ、認識対象範囲を乱した感覚はありませんでした)


「ほんとかよ……? そもそも、あり得ないだろ。ナチュラルにかぐやを認識できるなんて、渚レベルの力を持った術師。もしくは、感知に優れた特級妖怪並みのーー」


 そこまで言ったところで、俺は言葉に詰まった。一つの可能性が頭をよぎったからだ。



(気づきましたか? 私達はずっとあの金髪妖怪が言っていた大学内の異物を調査していました。そして、最初に立てた仮説は、その異物は私達の感知能力を誤魔化せるほどの力を持った妖怪なのではないか……でしたよね)


「七福さんが……特級妖怪?」



 頭が混乱していた。

 とても、情報処理が間に合わない。深い交流はなかったとはいえ、大学内にいる数少ない知人だ。ましてや、この後一緒に映画を見に行く約束までしていたのである。

 それを、実は特級妖怪でした!と言われたところで、すんなり受け入れるのは難しい。


 俺の額に汗が滲むのを見て、かぐやはフォローするように補足を始める。



(あくまで可能性の話です。本当に、あの小娘が特級妖怪であるのならば、反応や行動に不可解なことが多すぎるのも事実です。ただ、怪しいには変わりありません。その為、追跡の術式をかけ様子をみました)


「……まあ、賢明な判断だな」



 一つ大きく、深呼吸をした。

 事実がどうであろうと、俺は陰陽師だ。動揺している暇などなく、迅速に行動をとり解明ををしなければならない。そうでなければ、何かしらの被害が出てしまう可能性がある。


 まずは、今の状況を整理しなければ。



「追跡をかけていた理由はわかった。本題に戻ろう。七福さんの反応が現世から消えた理由としては、何が考えられる?」


(一つ、何らかの事故や事件に巻き込まれ即死した。一つ、追跡の術式に気づき、自身の反応を消した。一つ、現世から別の世界へ移動した……あたりですかね)


「別の世界。異界か……」



 異界というものが自然に発生することは少ない。大抵は、神の力を持った存在が作り上げた別世界だ。そして、異界への入り口というものは溢れるほど存在していて、そこに迷い込んでしまう人間も少なくはない。

 いわゆる、神隠しである。



 ただし、簡易的な異界を作り上げそこに迷いこませる妖怪も存在する。自身で異界を作り、そこに逃げ込んだということも考えられる。


 なんにせよ、真相を究明するには情報が少なすぎた。



「かぐや。七福さんの反応が消えた場所は、どこだ?」


(駅前……から少し離れた場所。おそらく、裏通りあたりですね)


「とりあえず、そこに向かおう。現地に行けばわかることも沢山ある」


 少なくとも一つ目の可能性であるかどうかは、行けばわかる。発見されていれば、警察や救急で騒がしくなっているはずだ。

 無事であることを祈りつつ、俺は足速と目的地へ駆け出した。

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