陰陽師、恐怖する

 

 正直人付き合いというものが、苦手だ。

 

 一生陰陽師として、土御門の世界で生きていくのだと思っていた。だから、普通の生活というものに無関心だった。

 いつ死ぬかなんてわからない日々。彼女は勿論、友人さえも作る気もなく、ずっと一匹狼を貫いてきたのだ。


 そんな拗らせた厨二病キャラとして学生生活を過ごしてきた俺が、更に自由度の高い大学に入学して待ち受けていたもの。


 それは、予想通りのぼっち生活である。


 今さらどのように交流をもてばいいのかもわからず、俺の興味は更に勉学へと向かっていった。そんな俺に対して、案の定周りも余計な接触をしてくることはなかった。


 ただ一人をのぞいて……


「あのさ、お昼一緒にどっかでご飯食べない? あ、いつも通り妹さんの作ったお弁当一人でゆっくり食べたいとかなら全然無理しなくていいしーー」


 彼女の名前は、七福涼香。同じ学科の女生徒だ。

 面識など全くなかったが、ある日を境に何かと話しかけられるようになった。


 俺と話す時はいつも何かにキョドッていて、突拍子もないことを言い出す。悪い人ではないのだが、コミュニケーション能力のない俺にはとても扱えない人物だと判断した。


 昼食に誘われるのもこれが何回目かになる。 


 いつも通り適当に断ろうとしたところで、思いとどまった。今は情報収集に努めた方がいいかもしれない。俺達だけでは何も掴めない以上、第三者からの情報が有益になったりもする。

 

「……あー、いいよ」


「そっかー! じゃあ、また今度ねっ!」


 またもや会話になっていない。

 なぜ承諾したのに、断られたみたいな雰囲気を出してくるのか。しかも、そのまま何もなかったかのように教室から出て行った。


(なんなんですか、あの小娘)


「いや……俺にもわからん」


 かぐやは基本的には、呪力を持たない一般人には見えないように実体化している。

 日常生活でも普通に俺の隣でプカプカ浮いていて会話も出来るのだが、俺が白い目で見られる為よほどのことでないと話しかけてはこない。


 つまり、今の状況は割とよほどのことなのだろう。不可解な会話一つでかぐやを動かすとは、大したものだ。


 などと感心していると、廊下から"バタバタ"と慌ただしく走る音が聞こえてくる。

 その音は確実にこの教室へ向かってきているのだが、その途中で"ズコンッ"という衝撃音と「あぎゃっ!?」と声が聞こえてきた。


 七福さんの声だ。これ、転んだな


「こ、この程度で……止まりは……しないっ!」


 なんか、一人で盛り上がってるな。

 思ったより、あの娘ヤバいのかもしれない。


 次の瞬間、物凄い勢いで教室の扉が開かれ、切羽詰まった表情で七福さんは駆け寄ってきた。顔面からは鼻血が出ている。


「い、いい今っ、翔也くんっ! 何て言ったの!?」


「……なにが?」


「返事!! ご飯の!!」


「いや、だから……いいよって」


「つまりっ、どういうことっ!?」


 どういうことなのだろう。いいよってことなのだが、それじゃダメらしい。

 俺が返答に悩んでいると、七福さんは頭を抱えて唸っている。何が彼女をここまで混乱させているのだろうか。


「……はっ!? も、もしかして! 一緒に、お昼ご飯行ってくれるってこと!?」


「ああ、うん……。それより、大丈夫……? めちゃくちゃ鼻血出てるけど」


「うっ……ぐすっ、うううっ……」


 今度はすすり泣き始めた。そして、泣きながら思いっきりほっぺたをつねっている。

 涙と鼻血で顔面をグシャグシャにしながら自傷行為を行う彼女に対して、周りがザワザワし出した。


 なんだろう、この状況。

 やっぱり、俺にはとても扱えない存在だ。座敷童子の平和アホ加減が、とてつもなく恋しくなってきた。家帰ろうかな。


「うっ……うぅ……痛い。夢じゃない……」


「ほ、ほらっ。七福さん、とりあえず移動しようか。お昼ご飯食べ行こう。食堂でいいね?」


「うぅ……長かった、長かったよぅ……」


 ダメだ、全く聞こえていない。

 これはもう会話でのやりとりは無駄だと、半ば強引に七福さんの腕を引っ張り教室から出て行った。



◇◇◇◇


 食堂までの移動中、すすり泣きが止まらない七福さんを「顔洗ってきな」と、女子トイレに突っ込んだ。


 「優しい……翔也くん……優しい」と、ブツブツ言いながらトイレに入って行く彼女を見て、軽く恐怖を感じた。隣でかぐやは、ドン引いていた。


 顔を洗って多少は正気を取り戻したようで、その後は割と大人しく食堂までついてきた。


 それぞれ食事を注文し、適当に空いていた席に座る。やっと、落ち着けると安堵したのも束の間、七福さんはまた一人でブツブツと何かを呟き出した。


「私の世界は……輝い……わた、わたたた……」


 どうしよう。目の焦点があってない。

 まだ、ダメだったか。


「……大丈夫? 七福さん」


「あひぁ!? あ、あの。うん、ちょっと待ってね。緊張しすぎて、頭ごちゃごちゃで」


 良かった、こっちの世界に帰ってきてくれた。しかし、俺は彼女を定期的にこの世界に呼び戻す作業をしなければいけないのだろうか。


 七福さんは、顔を真っ赤にしながら必死に顔をぶるぶる振っている。


「で、でも。今日は、翔也くんお弁当じゃなかったんだね。妹さん作ってくれなかったんだ?」


「あー、なんか今日は寝坊したらしい。昨日、遅くまで通販番組見て爆笑してたし」


「へ、へー。変わった妹さんだね。名前なんていうの?」


「……わら子?」


「土御門わら子……へー、名前も変わってるねー」


 ……完璧にミスった。不審がられている。

 ヤバい娘だと思って、油断してしまった。


 一応、妹という設定にはなっているものの色んな意味で無理がある。色々と突っ込まれたり探られたりした場合、面倒なことになりそうだ。特にこの娘はやりかねない。


 これ以上の質問に対してどう切り抜けるか悩んでいると、七福さんから追撃が放たれる。


「ねえ、翔也くんのうどん食べてるとこ盗撮してもいい?」


 何言ってんだ、コイツ。

 座敷童子の話題から逸れたのはよかったが、また全然別の角度から銃撃が飛んできた。いくら身構えようと避けられる気がしない。


「……聞いたら、そもそも盗撮じゃないんだが」


「あっ、そっか! あと、ここまでの会話全部録音してるんだけど、大丈夫?」


「いやいや、なんで? 大丈夫?とか確認する前になんで録音してるの?」


 俺は七福さんの全ての発言にツッこまなければいけないのだろうか。そして、それ以上に今心配なのはかぐやだ。さっきから、七福さんに対してゴミをみるかのような目を向けている。


(翔也様。この小娘、だいぶおかしいです)


「んあ!? な、なに? なんか、いきなり声が聞こえたけど!?」


 ……かぐや。やらかしたな。

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