座敷童子、デコピンされる

「はあー、なるほど。要するに、渚さんとズッ友を誓い合ったあの日の記憶は術によるものだと。凄いもんですねっ!」


「なんだよ、その記憶……」


「まあ、いいんじゃないですか? 幻術の一つや二つ。私に、そんな害はないらしいですし」


「いい訳ねえだろうが」


 家に帰ると、座敷童子は心配そうに玄関前で待っていた。ただならぬ空気は察知していたのだろう。

 それでも、俺が無事に帰ってくるのを信じていたのか、残った料理には丁寧に一つひとつラップがかかっていた。なんとも、良妻ムーブをかましてくる。


 とりあえず、何があったのか。渚が座敷童子に何をしたのか。再び食卓を囲みながら、なるべくわかりやすく一から説明をした。

 もっと慌てふためくことを想像していたのだが、予想に反して座敷童子はひょうひょうとしていた。


「むしろ、渚さんは私が怖がらないように術かけてくれたんですよね? いい人じゃないですか」


「……ちょっと待て。俺がおかしいのか?」


「難しいことはわかりませんけど、私は渚さん好きです。あ、このドーナッツ肉じゃが食べてみて下さいっ! 意外にいけますよっ!」


「やっぱり、お前洗脳されてるだろ」


 全く納得がいっていない俺の表情を見て、色々と察したのだろう。うまく言葉にならないもどかしさに唸りながらも、座敷童子は自分の思考を捻り出す。


「うーん。どこからが幻術の記憶なのか。何が本当で何が嘘なのか正直わかりません。でも、私、今日本当に楽しかったんです! だから、渚さんが悪い人だなんて思えないです」


「……まあ、悪人ではないのかもな」


 そう俺が返すと、目をグルグルとさせて訴えていた座敷童子の顔が多少なりともほころぶ。

 あまり難しいことを考えさせてはいけない。アホの娘には、完璧にキャパオーバーだったようだ。


「まあ、渚の目的がわからんことには安心はできない。あんまり、気は許すなよ?」


「渚さんの目的……単純に、私と遊びたかったんじゃないですか?」


「……。かぐやはどう思う?」


 推察の相手は座敷童子ではダメだと、隣で黙って聞いていたかぐやに話をふる。

 少し神妙な面持ちをしたあと、座敷童子の顔をじっと見つめながら答えた。


「そうですね。案外、わら子の言っていることも的を得ているかもしれませんよ」


「それ、マジで言ってんのか……?」


「ちょっとマジです」


 あのかぐやに自分の発言を肯定してもらったことに、座敷童子はニヤけている。それだけにままならず、アホらしいと完璧にスルーした俺に対してドヤ顔でニヤつき始めた。


 あまりのウザさに、座敷童子のおでこにデコピンを放つ。「あうっ……」とおでこをおさえながら俯いているが、それもスルーしつつやや食い気味に話を続ける。


「説明を求む」


「わら子と接触することで何かを探っていたのでしょうね。恐らくそれが本来の目的」


「じゃあ、別に遊びたかった訳じゃねえだろ」


「何かを探るのであれば、もっと効率的なやり方があるじゃないですか。それこそ、本気で洗脳させて洗いざらい話させるなり、死んだ方がマシと思わせるような拷問にかけたり」


「あんまり、怖いこと言わないで下さいよ……」


 座敷童子は今だにおでこをおさえながら、上目遣いでかぐやに呟く。そして、おでこが大分赤くなっている。力加減間違えたな。


「……確かにアイツなら遊びたいが為に、こんな回りくどいやり方するかもな」


「渚様は、そういう方です」


「ナチュラルに惑わしてくるから、厄介だな」


 俺はため息を吐きながら、頬杖をつく。


 アイツの思考は、誰にも読めない。

 裏がありそうで、実際は何も考えていない。と、油断しているととんでもないことを企んでいたりもする。


 会話もほとんどが嘘や冗談で構成されている為、どこに事実が混ざっているのかなんてわかりやしない。ある意味、丸一日渚と付き合って遊んでいた座敷童子はとんでもない偉業を成し遂げているのだろう。


「まあ、それはいいとして……結局は、その本当の目的の方が問題だろ」


「そうですね。では、私の推察の結論から言いますと、恐らくその探りの本来の対象はわら子ではなく、翔也様でしょう」


「……俺?」


 かぐやはそのまま少し黙りこみ、思考を巡らせている。俺が思っているよりも、何か深刻な事態に陥っているのか。かぐやが、何かに引っかかっているのは明らかだった。


 険しい顔を浮かべたまま、かぐやは座敷童子に問いかける。


「わら子は、今日渚様と一日何を話してた?」


「え、えっとですねー、最近のお笑いは質が低いとか。若者の民度が下がってるとか……腸内バランスは大事とかですかね?」


 おっさんか。何話してんだよ。

 本当に、その話題でコイツ楽しかったのか?


「翔也様のこと聞かれなかったか?」


「あー、そういえば。最近様子がおかしくないかとか、周りで変なことが起きてないかとかは聞かれたような……」


 姉としての弟の近況確認という見方をするには、やり方に不可解な部分が多すぎる。おおよそ、かぐやの予想は当たっているのだろう。


「ただ、俺の周りは別に変化はないが」


「……渚様が動くとして、可能性が高いのは怪異関係ですかね」


「怪異か」


「あー、あれじゃないですか?」


 空気を読まない呑気な声で話を割り、座敷童子が発言する。

 ただ、"あれ"と言われたところでピンとくるはずがない。少しピリピリしているかぐやが、早く補足しろと言わんばかりに座敷童子を見つめる。


「えっと。あのハレンチ金髪痴女が言ってたやつですよ」


「……メリーのことか? おまえ、本当にアイツ嫌いなんだな」


「翔也さんの大学で変なの見かけたって言ってたじゃないですか。何か関係あるかもですよ」


 その件に関しては、別に放置していた訳ではない。メリーの話を聞いてから、大学にいる間は特に感度をあげて過ごしていた。


 ただ、メリーが言っていた違和感を感知することはなかった。俺だけでなく、かぐやもだ。


 メリーが適当ぶっこいていた可能性も考慮しつつ、経過観察を行っていた訳だが……


「明日、本格的に探ってみるか」


 そう呟いた俺の隣で、かぐやは顔を曇らせたまま静かに頷いた。



◇◇◇◇


 午前は昼前の講義だけが入っていて、少し早めに家を出てかぐやと一緒に大学内を歩き回った。しかし、案の定何も見つかりやしないし、引っかかるような気配もない。


 ただっ広い敷地内を巡回していると、思った以上に時間は経過してしまい、満足な成果を残せないまま講義へと向かった。


 勉強は楽しい。陰陽師としての才能などは関係なく、知識を入れれば入れるほど結果として返ってくる。いつも通り一番前の席に座り、熱心に講師の授業を聞く。


 あっという間に講義は終わり、授業のノートをまとめているところで俺に声をかけてきた人物がいた。


「翔也くん、ちょっといいかな?」


 顔をあげると、そこに立っていたのは七福涼香だった。

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