陰陽師、不覚をとる

 渚は本当に読めない。

 母親ゆずりの破天荒さを持ちながら、父親ゆずりの掴みどころのなさが染みついている。なんともアンバランスな人間性だ。


 だからこそ、今このように食卓を囲んでいても俺は警戒している。ダテに長いこと姉弟きょうだいをやっていない。渚と接している時に違和感のようなものを感じた時は、大抵何か裏があることが多い。


 そんな警戒心が顔に出ていたのか。

 渚は見透かすようにふっと鼻で笑った。


「何さ、翔ちゃん。そんな怖い顔して。ちょっとした冗談じゃんー」


 なんとも言えない険悪な空気を座敷童子は感じとったのだろう。不安気な顔を浮かべながら、すぐにフォローに入ってきた。


「あー、ほらっ。大丈夫ですよ! ちっちゃい頃はみんなお漏らしするもんですっ!」


「その話題から離れろ。……お前、よく平気で渚と一緒にいられるな」


「……? 渚さんは、いい人ですよ?」


 なんでコイツも頭にクエスチョンマークを浮かべているんだ。普通の感覚なら、わずかながらでも意図が伝わるはずだろ。


 しかし、座敷童子は渚に気を遣っている訳でもなく、空気を壊さないように無理をしている訳でもない。完璧に俺の言っている意味がわからないというボケ顔を浮かべている。


「ふふっ。可愛いよねー、わら子ちゃん。翔也が守りたくなっちゃう気持ちもわかるなー」


「うるせえ。さっさと、その肉じゃが食って帰れ」


「もー、翔ちゃん冷たい。はいはい、言われずともそろそろ帰りますよーっと」


 そう言いながら渚は立ち上がり、身支度を始める。床に散乱していたトランプやらジェンガやらを雑に自分のバックに放り込んでいく。

 よく見ると、藁で作られた呪いの人形のようなものも落ちている。コイツら二人で何やってたんだ。


「えー! 渚さん、もう帰っちゃうんですか!? ……ほらっ、翔也さん口は悪いけどツンデレ気質あるから、気にしなくて大丈夫ですよ!」


「んー、ダメみたい。これ以上翔也に冷たくされちゃうと、私の心壊れちゃいそうでさ。ツラいんだ……」


「んなっ!? しょ、翔也さん! 謝って下さい! 親しき仲にも礼儀ありですよっ!!」


 ダメだ、コイツ。

 押しかけてきた"あなたは神を信じますか"系の人物に、三分で壺売りつけられるタイプのバカだ。


 必死の形相で詰め寄ってきた座敷童子をどう躱そうか考えていると、その光景に耐え切れなくなった渚が吹き出した。


「……ぶっ、あっはっは! 本当にわら子ちゃんは可愛いね。冗談だよー、翔也うんぬんじゃなくて、そろそろ帰らなきゃならないのよ。私も忙しいからね」


「えー、そうなんですか……」


「また暇な時遊び来るからさー」


「ぜっ、絶対ですよ! 楽しみに待ってますからっ!」


 座敷童子は軽く涙目になっている。

 なんで、こんなに渚に懐いてるんだ。妖怪なら誰もが怯える緋眼持ちだぞ。それに一回殺されかけてるのに、全く恐怖心が残っていない。


 そもそも、毎日のように連絡をとっていると話していたが、渚が襲ってきた日に連絡先の交換なんてしている場面などなかった。その後に接触したなんて話しも聞いたことがない。

 

 渚に口止めでもされていたか?

 いや、それよりもまるで……


 ここで、ある可能性が脳裏をよぎる。


「おいっ、手貸せ!」


 半ば強引に、座敷童子の手をとる。指と指が一本ずつしっかり交わるように繋ぎ止め、力強く握りしめた。


「……!? しょ、翔也さん!? ななな、何を急に! そんな……私まだ心の準備が!!」


「ちょっと黙ってろ」


 そのまま意識を集中させる。

 繋いだ手から呪力を浸透させ、座敷童子の身体の中を探っていく。

 

 手の先から一直線へと向かった先は、座敷童子の頭部。脳内だ。そこに辿り着いた瞬間、すぐに違和感を感じた。


 この違和感は、以前に渚がかけた隠秘の術ではない。新たに、ある術式をかけられている。


 俺は、座敷童子の手を即座に離し、渚を睨みつけた。


「渚、てめえ!!」


「あら、ばれちった? では、これにて失敬っ!」


 渚は忍者のように、転移の術でその場から消えた。要するに、逃げたのだ。


 座敷童子にかけられていた術は、幻惑の術。いわゆる、洗脳に近いものだ。座敷童子の感情、認識をコントロールしつつ、渚は近づいた。


 ただ問題は、その術をかけていたということではない。何のために、そこまでして座敷童子に接触していたかという点だ。


 俺が甘かった。最初から感じた違和感を突き詰めておけばよかった。


「えっと、どうしましたか?」


「ちょっと出てくる」


「え……あ、はい。行ってらっしゃい」


 俺の鬼気迫る表情から、察したのだろう。

 それ以上座敷童子が追求してくることはなく、ただポカンと見送る体勢に入っていた。


 そんな座敷童子を背に、飛び出すように玄関から外へ駆け出していく。


 感知……は無理だ。

 本気で逃げようとすれば、渚なら土御門の隠密隊からでも居場所を悟られることなく行方をくらますことができる。全てが規格外の渚を追うなど、そもそもが不可能なのだ。


 ただ転移の術は、どんなに偉大な術師でもそこまでの距離移動は出来ない。俺はわずかな可能性にかけて、意識を集中させながら走り回る。

 ここで取り逃す訳にはいかない。渚だって、土御門の人間なのだ。とんでもないことを企んでいるかもしれない。


 全速力で走り回り、さすがに息がきれてきた頃。肺が悲鳴をあげ、一瞬、足を止めた瞬間。背中に金属の感触を感じとった。


「……鎖鎌。おまえ、何してやがる」


 背後に渚がいる。鎖鎌の鎌先を俺の背中にあてている。そして、その鎌先からはある無言のメッセージが放たれていた。


 "動いたら、殺す"

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