一章 第五節

座敷童子、遊び相手見つかる

 

 ある日家に帰ると、よくわからない光景が広がっていた。

 

「あ、ダメですよー、渚さん。変なモノ入れちゃ」


「わかってないなー、わら子ちゃん。料理というものは、創作物! いかに、オリジナリティを出すかなんだよ!」


「肉じゃがにドーナッツ入れるのは、オリジナリティというより嫌がらせですねー」


 台所に座敷童子が立ち、食事を作っているのはいつものことだ。しかし、今日はもう一人そこに参加している人物がいる。


 ソイツは帰ってきた俺に対して、さぞ当たり前のように声をかけてきた。


「あ、翔ちゃんお帰りー。ほら、そんなとこ立ってないで座って座って! 自分の家だと思って、くつろいでいいから!」


「ここは、俺の家だ。何してんだ、渚」


「……夕飯作ってるけど?」


「頭にクエスチョンマークつけんな。なんで、お前がいるのかを聞いてんだよ」


 渚との会話はいつもイライラする。これは天真爛漫なのか、天然なのか。

 いや、違う。コイツは人をおちょくるのが大好きなただの性悪人間だ。


 そんな俺のイラつきを感じたのか、座敷童子が間に入ってきた。


「お帰りなさい、翔也さん、かぐやさん。渚さん、遊びに来てくれたんですよー」


「わら子ちゃんが一人で寂しいって言うから、忙しい中遊びに来てやったんだぞ」


「今日は、二人で録画しておいた映画見て、お昼はたこ焼きパーティーやって、その後お菓子食べながらガールズトークしたんです! 楽しかったです!」


「楽しかったんだぞ」


 なんなんだ、このキャピキャピした空気は。

 座敷童子に関しては、渚に殺されかけてただろ。なんでそんなヤツとたこ焼きパーティーやってんだよ。



「お前ら、いつの間に仲良くなってんだよ」


「……? もともと、仲良いですよ? 毎日、携帯でやり取りしてるし」


「遊ぼうねっていつも言ってたんだけど、中々私が来れなくてさー。あ、今度ボードゲーム持ってくるね!」


「わー、楽しそうです!」


 何から突っ込めばいいのかわからん。


 座敷童子と渚は、完璧に俺を置き去りにして二人で盛り上がっている。アゲアゲ状態の女子高生の中に、おじさんが一人放り込まれたようだ。


 このカオスな状況を打破してくれるのは、俺の後ろでふわふわと浮遊している小さな神様しかいない。

 俺は助けを求めるように、かぐやに視線を送る。


(……どうしました? 翔也様)


「どうしたもなにも、おかしいだろ。この状況」


(渚様は元々こういう方ではないですか。いちいちリアクションしてたら、疲れるだけですよ)


「……お前、達観してるな」


 かぐやのほうが、弟の俺よりも渚との付き合いは長い。赤子の頃から見守ってきたのだ。

 そして、この何かを諦めたような瞳は渚との付き合い方を熟知した末の結果なのだろう。


 かぐやは、そのままゆっくりとかぐやの元へ浮遊しながら向かい、頭を下げた。


(お久しぶりです、渚様。食事の準備までありがとうございます)


「かぐやちゃんは、今日もちっちゃくて可愛いねー! こねくり回してもいい?」


(ダメです)


「あ、かぐやちゃんも、ご飯食べる? 今日の肉じゃがドーナッツは自信作だよ!)


(……私は式神ゆえ。食事は不要ですので)


 逃げやがったな。いつも座敷童子が作った飯ガツガツ食って、その後チョコつまんでるじゃねえか。


 そんなやり取りをしている内に、いつの間にか座敷童子は作り上げた食事をテーブルへと運んでいた。

 テーブルにはすでに人数分の箸が揃えられていて、有無を言わさずこれから団欒食事タイムが始まることを示唆している。俺はわかりやすく怪訝な顔を示しているのだが、誰も気にしちゃいない。


 とはいっても、腹は減る。

 仕方なくいつものように席につくと、その対面に渚は座ってきた。


「翔ちゃんと一緒にご飯食べるのなんて、いつぶりさね」


「記憶にねえな」


「お互い任務で、こんな風に食卓囲むことなかったもんねえ」


 まだ座敷童子が人数分のご飯と汁物をよそっている中、渚はなんの躊躇もなしに料理に手を伸ばす。緋眼持ちとして、幼少の頃から特別扱いされてきた人間だ。マナーなんて知る由もない。


 そして、さっきまでいたはずのかぐやは、いつの間に姿を消していた。

 アイツ本当にしたたかだな。


「うえっ、マズっ……ちょっと、誰!? 肉じゃがにドーナッツなんかいれたの! バカじゃないの!?」


「そうだな。ちゃんと全部食えよ、バカ」


「何それ! 翔ちゃんはお姉ちゃんイジメて楽しいの!?」


「自己責任って言葉知ってるか? おまえらの掟だろうが」


 やりとりの最中、お盆に乗せた米と汁を、座敷童子が俺達の前に並べていく。

 俺達のやりとりにずっと笑いをこらえていたようだが、耐えきれず吹き出しながら会話に加わってきた。


「……ぷっ、あはは! 本当にお二人は仲が良いですね」


「いまのどこをどう見たら、仲良く見えるんだよ」


「聞いてて、幸せな気持ちになりました。本当に仲が悪い人達のやりとりは、周りを不快にさせるものですよ」


 渚は何故か勝ち誇った顔をしながら、座敷童子の話しに頷いている。意味がわからない。


 座敷童子も席につき、それと同時に手を合わせ俺も食事を始める。勿論、肉じゃがに手を伸ばすつもりはない。座敷童子が作った副菜と漬物と味噌汁で乗り切るしかあるまい。


 座敷童子はニコニコしながら、渚と俺が並んでいる光景をしばらく見ていた。そして、ふと口を開く。


「渚さん。翔也さんってちっちゃい頃はどんな感じだったんですか?」


「ド定番ネタ、ぶっ込むのやめろ」


「あ、知りたいー? 翔也、ちっちゃい頃はお姉ちゃんっ子でねー。いつも、私の後ろを糞尿垂れ流しながら追いかけてーー」


「やめろって言ってんだろうが」


 なんだ、この自分がやっとこさ築いたテリトリーに身内が入ってきて、かき乱されるウザったらしさ。

 不快でしかない。


「え……糞尿垂れ流して……?」


「そこに反応すんな。幼児なら仕方ねえだろうが」


「翔也はオムツ外れるの遅かったよー。ウンコマンだったよ」


「おまえ、本当に帰れ」

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