陰陽師、激昂する

「こらー、ダメだよ翔ちゃん。追跡する場合は、相手の実力が自分より下。最低でも同等でないと返り討ちにあうだけよ」


「……要するに、余裕で逃げ切れるのに、返り討ちにするために戻ってきたのか?」


「さーって、それはどーかなー」


 相変わらずおちゃらけた声色を使いながら、容赦なく鎌先を背中にあててくる。


 人に対して刃物を向ける行為など、まともな人間ならば相当なプレッシャーがかかる。それを緊張感もなく、へらへらしながら平気でやるのが渚だ。

 だからこそ、座敷童子に対してかけた術に関しては問いたださないとならない。


「……あの術はどこまでアイツに影響を及ぼす? 身体、思考を崩さないレベルの幻術か?」


「危険を犯して追ってきて、その質問はセンスないと思うなあ。まずは、私の目論見を探るのが先でしょ」


「答えろよ」


「……本当にわら子ちゃんが大事なんだね。妬いちゃうなあ」


 今までの陽気な物言いと反した薄暗い声が響くと共に、殺気を感じた。

 そして、それが向いているのは俺ではない。俺が必死に走ってきた薄暗い人気のない街路。そのスタート地点。そこに住む、一体の妖怪に向かって真っ直ぐに殺気は飛んでいる。


「……これ以上、アイツにちょっかいかけるな」


「翔ちゃん、さっきから立場わかってる? 私が、生殺与奪握ってるんだよー?」


「別に俺はーー」


「あ、勘違いしないでね。翔ちゃんのことだけじゃないから」


 その言葉の意味を考える。

 そして、その答えに辿り着くまでに時間はかからなかった。渚が握っているのは俺の命だけではない。では、俺だけでないというのなら、他に誰がいるというのか。そんなの一人しかいやしない。


 座敷童子だ。


「幻惑の術って、面白くてさー。例えば、私が"

三回まわってワンと言え"って命ずると、恥ずかしげもなく真顔で実行するんだよ」


「……」


「じゃあさ、例えばここから"自死しろ"って命令を送ったらどうなると思う?」


真刀しんとう娑婆訶そわか!!」


 思考なんか間に合いやしなかった。俺は感情のままに隠し持っていた呪符を刀に変え、振り返り様に渚に切りかかった。


"ガキッ!!!!"


 それを大鎌で受け止めた渚の表情は、想像に反して冷え切っていた。常に何かしらの作り物の感情をのっけている渚の顔が澄んでいるのはどこか不気味で、刀を握る手に更に力が入る。


 そのまま数秒沈黙が流れた後、ポツリとぼやくように渚は問いかけてきた。


「ねえ、翔ちゃんはさ。もし、私が同じように命を握られたら、今みたいに捨て身で敵に斬りかかってくれる?」


「意味わかんねえよ、お前いい加減にしろよっ!?」


「……私の気持ちなんて、わかりゃしないよねえ」


 その一瞬、大鎌を持つ渚の力が緩むのを感じた。その機を逃さず、鍔迫り合いになっていた状態から刀を全力で振り払う。


 あっけなく、渚の手から大鎌は弾き飛ばされた。そして、完璧に丸腰になった渚の首目掛けて、すぐ様刀を振り切るーー


 つもりだった。あまりの違和感に、その刃先を首筋で止める。


 俺が躊躇なく首を狙ったのは、渚であれば余裕でかわすだろうと思っていたからだ。

 しかし、渚は微動だにせずその斬撃を受け入れようとしていた。


「……なぜ、避けない?」


「別に、このまま翔ちゃんが私の首を飛ばすなら、それはそれでいいかなって思ったから」


「本当、お前イカれてんな」


 既に渚からは殺気が消えていた。

 相変わらず何がしたいのか全く読めやしないが、拍子抜けしてしまった。一気に緊張感から解放され、そのままゆっくりと刀をひく。

 

「ここまで俺を煽って。悪役ムーブかまして。最終的に無抵抗って……本当お前は何がしたいんだ?」


「言ったじゃん、妬いてんだよ」


「実の弟に妬くなよ」


「実の弟だからだよ」


 渚は一つ大きな息を吐くと、そのまま路上に座り込む。頬杖をつきながら見上げた顔は、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 いつもの、渚だ。さっきまでの真剣でのやり合いなどなかったかのように、ヘラヘラと話し出す。


「ほらっ、翔ちゃんも座って座って。なんなら、寝転んでもいいよ。人払いは済ませてるから、車も通らないし」


 恐らく、俺を襲撃する前にここら一帯に結界を張っていたのだろう。一流の陰陽師が張った結界内にはまず一般人が入ってくることはない。ましてや、渚の結界だ。

 それなりの力を持った陰陽師でさえも、侵入することは不可能だろう。


「その切り替えの早さに、ついていけねえんだよ。俺はまだ何も気を許してねえぞ」


「もうっ、めんどくさいなー。まあ、わかったよ。とりあえず、さっきの翔ちゃんの質問には答えてあげる」


 渚はわざとらしく唇を突き出し、不貞腐れている。時代遅れのぶりっ子ムーブをかますあたりが、絶妙にイラッとする。

 そんな俺のイラつきも含めて楽しんでいるのだろう。気がつくと、いつも渚のペースで全て物事が進んでしまう。


「わら子ちゃんにかけた幻術だけど、大したものじゃないよ。私に余計な恐怖心を与えないように、少しだけ記憶を改竄しただけ。どうせ、遊ぶなら楽しく遊びたかったしね」


「洗脳に近いものではないのか?」


「あー、ないない。自己意思の決定権はちゃんと持ってるよ。思考にも身体にも影響なーし」


「……信用ならねえな」


 いくらでも嘘はつける。自分の良いように説明をし安心をさせ、本当はとんでもない罠を仕掛けておく。渚ならやりかねない。


 ただ、これが仮に嘘だとしても一つ問題がある。


「信じようが、信じまいが勝手だけどさ。どうせ、私をとっ捕まえて解術させるなんてこと出来やしないんだから。結局は、強者の言葉を受け入れるしかないのだよ、翔也くん?」


「……本当に、嫌な攻め方してくるな。お前は」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る