土御門渚の姉路
"翔也のことを、頼むよ。渚"
妖狐の首が刎ねられるその一瞬、私の頭の中で声が響いた。私に語りかけたその言葉の主が絶命する直前の妖狐であったことは、すぐに理解した。
なぜ、最後まで抵抗しなかったのか。
なぜ、私の名を知っているのか。
なぜ、翔也の身を案じるのか。
そんな疑問が浮かぶよりも先に、とにかく腹が立った。言われずとも、私がずっと翔也を見守ってきたんだ。
翔也は土御門の術師としては、優れているとは言い難かった。私から言えば、単純に才能がない。呪力の総量。術式の組み方、扱い方。戦況の判断、全て私の足元にも及ばない。
私が感覚で出来るものが、翔也には何十倍もの時間がかかる。それでも、血反吐を吐くほどの努力をして、成長してきた。
自分の力の足りなさを自覚し、賢く立ち回り、なんとか皆から認められるように生きてきた弟だ。
それを間近で見てきた私が、一番翔也のことを知っている。ずっと、アイツはギリギリのところで踏ん張って生きてきたんだ。
それを、あの妖狐がぶち壊した。
私に反抗するなんてあり得なかった。
父にあんな目を向けるなんて、信じられなかった。
この家を出ていくなんて思いやしなかった。
何が“翔也のことを頼む“だ。
翔也の今までの努力を、立場を、居場所を壊したのはお前じゃないか。
あの一件が終わった後、土御門家に戻った私達は翔也に対しての尋問を行った。
その結果わかったことは、翔也は術式で洗脳されている訳ではなく、単純に倫理観が書き換えられていた。妖狐の巧みな言葉達によって。
だが、そんな尋問など元々なんの意味も成さなかったのだろう。私達が翔也に対してどのように処置を講じるか判断する前に、翔也はもう土御門家を抜けることを決めていた。それは、もう揺るぎのない決意だった。
父は、絶縁という形でいとも簡単に翔也を追放した。勿論、土御門家で契約した式神も全て引き剥がされたが、一体だけそれを拒んだ式神がいた。「
かぐやは翔也と共に追放という形で、土御門家を去った。私には理解できなかった。
知性が高い式神だ。だからこそ、翔也の行動を咎めることもせず、自身の長い歴史を裏切るようなマネをしたことが信じられなかった。
そんな中で私のモヤモヤが募った。なぜ誰も翔也を守ろうとしないのだろう。
翔也の思考では、いつか必ず土御門と対立し今度こそ本当に処されてしまう。
例え悪役になってもいい。
翔也を守らなければ。
私は、翔也の監視役を買って出た。
本来は隠密隊の役割だが、そこは緋眼持ちの特権だ。体裁さえ崩さなければ、ある程度のワガマは許される。
翔也に気づかれないようにある程度行動を把握し、何か問題があれば土御門にバレない内に私がそれを根本から潰す。
そうして、任務をこなしながらも監視を続けていたある日その問題は現れた。
翔也が妖怪と共に暮らしている。
翔也がどのような抵抗をしようと、どのような理由があろうと、無慈悲に祓うことを心に決めていた。それが、翔也を守るということだ。
だが、あの時私の決意が揺らいでしまった。
"私は、翔也さんの幸せを望みます"
この行動の先に、翔也の幸せがあるのだろうか。この娘と同じように、私は心の底から翔也の幸せを望めていたのだろうか。
気がつくと、私は首元にあてていた鎌を離していた。その時私の中に湧き上がっていた感情は、よく覚えている。
"嫉妬"だ。
その感情に負け、私は翔也を守るという選択が出来なかった。
なんとも、ブラコンなものだと自分でも思う。
「ーーぎさ、渚様!」
「うあっと! ごめん、ごめん。どしたのー?」
「大丈夫ですか? 度重なる任務で、疲れがたまってるのでは?」
「いや、ちょっとボーッとしてただけ! 全然元気っ!」
「……お疲れのところ、申し訳ありませんが新しい任務が課されております」
怪異というものは、とめどなく現れる。かといって、一朝一夕にそれなりの実力を持った陰陽師が育つ訳でもない。人手は常に足りないのだ。
そして、父の体裁もあるのだろう。翔也が抜けた分の負担は私に振り当てられることが多くなっていた。
「了解ー、パパっとこなしてくるよ」
「申し訳ありません……これも、あの裏切り者のせいです。なんとも愚かな……妖怪の言葉に惑わされるなど陰陽師として言語道断。出来損ないの弟を持って渚様もさぞーー」
「黙れ」
……やってしまった。
ここで翔也を庇うような発言をするのは、立場としてよくないのはわかっている。それでも、感情は止まらない。だってーー
「君の言いたいことも、気持ちもわかるよ。でも、今度私の前で翔也のこと侮辱したら殺すから」
「し、失礼しました……」
だって、私は翔也のお姉ちゃんだから
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