陰陽師、過去を語る⑦

「おや……翔也じゃないか。早い再会だったね」


「ハル……」


 壮絶な闘いが繰り広げられていると思った。伝説の妖狐と最強集団の死闘だ。ハルは本来の姿に戻り暴れ狂い、土御門は満身創痍になりながらも術を繰り出し続ける。


 そんな図を頭の中で想像しながらたどり着いたこの決戦の場は、恐ろしい程静かだった。


 それどころか、争った形跡がない。土御門に負傷者らしき者は一人もいない。ハルはただ、されるがままに数十人の陰陽師による術式で捕縛されていた。


 一目見てわかった。ハルは人を傷つけるような抵抗は一切しなかったのだ。


 そして、捕縛されたハルの側には長刀を握った父の姿があった。


「何をしに来た。翔也」


 俺に問いかけた言葉は、最後の慈悲だったのかもしれない。ここで、土御門側の援軍として来たと答えれば、何事もなくことは進む。


 ハルを祓い、土御門に戻り、また怪異を祓う日々を繰り返す。何も変わらないまま日常へ……そんな選択をするためにこの場に来た訳ではない。


 俺は大きく息を吸い、声を張り上げる。


「皆、聞いてくれ! 妖狐は攻撃をしなかったはずだ! 妖怪だが、人に危害を加えることはしなっーー」


(翔也様っ!!)


"ガキッ!!!"


 俺が言い終える前に、一直線に鎖鎌が飛んできた。それをかぐやが、光の壁を展開し弾く。


 しかし、次の瞬間には弾き飛ばされた鎌を手に引き寄せ、その持ち主は瞬時に距離を詰め俺に斬りかかってきた。


 俺は太刀でそれを受け止め、鍔迫り合いのような形になる。


「ーー渚っ、邪魔をするな」


「これだけの土御門の術師の前で何言うつもり。妖狐庇うようなことしたら、あんた終わりだよ?」


「俺はそんなくだらない常識を終わらせにきたんだよ」


 幼い頃はよく喧嘩をしていたが、渚は特別なのだと理解した時から、刃向かうことはなくなった。

 

 今だって、バカな戦いを挑んでいるわかっている。それでも、この刀を納める気には一切ならない。


「かぐやっ! 全力でぶっ放せ!」


(承知しました)


 かぐやの目の前にはすでに魔法陣が出現していた。そこに膨大なエネルギーが錬成されていく。それと共に渚の鎌を振り払い、一時的に距離をとる。


「かぐやちゃんまで一緒になって……何してんだか。神祓じんばら胎汰離はらたり拿箭たや


 強烈な一撃が放たれる前に、渚は防壁の術式を展開している。慌てる様子は一切ない。

 かぐやの全力であろうと、自分の術であれば問題なく防げると思っているのだろう。


 いや、間違いなく渚は防ぐ。

 そんなことは俺が一番知っている。


(翔也様、いきます)


 かぐやが錬成した魔法陣から術が放たれる。


「なっ!?」


 次の瞬間、世界は強烈な閃光に包まれた。

 光の砲撃が来ると思い込み直視していた渚の緋眼は、強烈な光によって一時的に潰される。


 古典的な方法だが、何よりも有効な作戦。

 目くらましだ。


 渚だけでなく、その場にいた術師達は少なからず視界にダメージを負っただろう。

 唯一、今まともに動けるのはこの術が放たれるのを知っていた俺だけだ。


「悪いな、渚。最初からお前に勝てるなんて思ってねえんだよ。跳躍娑婆訶とうやみそわか


 俺は足に呪符を貼り付け、呪文を唱える。


 目くらましでまともに足止めできる時間なんて、数秒だ。その短時間で俺がすべきことは、ハルの元へ向かい緊縛の術式を解術すること。


 術の力で強化された足は、砲撃のような音をたてて地面を蹴り飛ばす。俺の身体は弾丸のように一直線にハルの元へと跳び立った。


 緊縛の術式は見えない強固な糸のようなもので繋ぎ止める術だ。解術は、単純にその糸を霊力を纏った刀で全て切ってしまえばいい。


 全て順調だった。捕縛されているハルに届くまで、あと数メートルだった。


縛抑ばくよう娑婆訶そわか


 父の声がした。

 その瞬間俺の身体は、急ブレーキをかけたようにピタッと止まった。その衝撃で、四肢をもがれたかのような痛みが走る。


「ガハッ!!」


 何が起きたのかはすぐにわかった。

 俺自身が緊縛の術式にかかったのだ。


 その術をかけた人物の方へ視線を送ると、冷徹な瞳で俺を見つめていた。


「本当に愚かだな、翔也。ターゲットが抜け出した時のために、その周りにも緊縛の術式を仕掛けておくのは定石だろう。それが、自分に使われないとでも思ったのか?」


 父はそのまま、持っていた長刀をハルの首筋にあてた。


「自分の愚かさを噛みしめながら、コイツの首が刎ねられるのをよく見ておけ」



ーーーーーーー


次回で過去編終わります。

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