陰陽師、過去を語る⑥

「翔也、何を言ってーー」


「放っておけ、渚。そいつはもうダメだ。妖狐に洗脳されている」


 こんな要求をしたところで、通るはずがない。そんなことは俺が一番わかっている。

 それでも、何も言わずにはいられなかった。これは命の恩人に対しての最低限の責務だ。俺はハルにとって敵になる訳にはいかない。


「俺が思考した末の進言です。あの妖狐は、人の味方です。俺の命を救ったように、人にとって有益になる存在になるかと」


「渚、行くぞ」


 俺の存在などいないかのように、渚を連れて小屋を出て行こうとする。昔からそうだった。俺の言葉に耳を貸してくれたことなんてない。


 それが、当たり前だった。

 それが、土御門だった。


 俺は更に思考する。考えて、考えて、考えて

 結論を出す。



 そんなの、おかしいだろう。


真刀娑婆訶しんとうそわか


 もう後戻りはできない。この場で、この流れで武器を出したということは何を意味するか。そんなのバカでもわかる。


「翔也! 何を考えてっーー」


「放っておけと言ったろう、渚。話にならん」


 覚悟を決めたはずだった。

 ここで、最悪命を落としても良いと。


 それでも、直近で感じた死の恐怖は俺の身体にまとわりついていたのだろう。

 父はさぞ失望したような眼差しを俺に向け言い放つ。


「翔也、おまえはだからダメなのだ」


 この二人を相手に勝機なんてありやしない。それでも、少しでも時間稼ぎができればと思っていた。


 しかし、俺の身体は震え、足は動かず、焦点さえも定まらなかった。こんな状態で何ができるというのか。父の言う通り、話しにならない。


 そこにいたのは恩人のために散る事さえできない、ただの臆病者だった。



「翔也……変な気起こしちゃだめだよ」


 渚は俺に一言残し、父と共に去って行った。

それと共に一気に全身の力が抜け、その場で崩れ落ちる。


 なんて、弱いのか。

 なんて、情けないのか。

 

 唇を噛み締めながら、役に立たない足を何度も何度も殴りつける。悔しくて悔しくて、仕方がない。


 それでも、動いてくれない自分の身体に悟る。どうせ自分はこんなものだと。弱い者イジメしかできない、お山の大将だったのだと。


 絶望に打ちひしがれながら、そのまま全てを受け入れ諦めようとした時。

 ハルの言葉が頭をよぎった。


"君を大切にしてくれる存在と出会う。翔也の使命は、それを守り続けていくことだよ"


 

 ……何をやっているのか。俺は、俺の使命は怪異を祓い続けることじゃない。自分にとって大切な存在を、ハルを守ることだ。


 ここで、踠かないでどうする。


棋聖きせい伽宮夜かぐやおぼろ。誰でもいい……俺に力を貸してくれ」


 使える式神達は、牛鬼との闘いで皆戦闘不能状態だ。それでも、少しでも戦力が欲しかった。俺一人ではどうにもならない。

 すがるように、俺は呼びかける。


 少し間が空いた後、俺の言葉に反応し無茶をして現れた式神が一体だけいた。

 そこにいたのは、長髪を一つに結んだ人形サイズの少女だった。


(ご無事で何よりです、翔也様。遅ればせながら、参上致しました)


「かぐや……」


 一番聴き慣れた声に、涙が出そうになる。

 それでも、感傷に浸っている場合ではない。


 かぐやも俺の表情から色々と悟ったのだろう。いち早く現状を察知し、顔つきが変わる。


(戦闘ですね。お相手は?)

 

「……土御門だ」




◇◇◇


 行く当てもわからずとどまっているわけではない。ハルと土御門の戦闘が始まる時は、膨大な妖力・霊力が発生するはずだ。

 居場所を知るには、それを感知するしか手段はない。


 瞑想に近い形で集中する中、やはりかぐやは落ち着かない様子だった。


(……翔也様、聞いてもよろしいですか?)


「妖狐に命を救われた。その恩を返したい。それだけだ」


 聞かれる内容などわかっていた。その返答としては、今はこれしかない。これが事実だ。


 そして、なんとも酷な立場にかぐやを立たせているのもわかっている。これは、俺のわがままだ。本来、かぐやを巻き込むべきではない。


「……かぐや。俺が妖狐に洗脳されていると思うなら、無理に手伝わなくていい。これは命令じゃない。お前が考えて、お前が決めろ」


 少し間が空いた。

 かぐやは土御門家にずっと仕えてきた式神だ。簡単にその歴史を裏切れるようなものではない。見限られても仕方がないと覚悟はしていた。


 だが、かぐやは俺に侮蔑の表情を一切向けることなく、はっきりと答えた。


「納得は出来ていません。でも、私は翔也様を信じます」


「……恩にきるよ」


 そんな中、天地を揺るがすほどの衝撃を感じた。こんなエネルギー、感知できないほうが難しい。


 間違いない。始まったのだ。


 幸い、場所はそう遠くない。

 今から全速力で向かえば、まだ間に合うだろう。


「行くぞ、かぐや」


「……翔也様、変わりましたね」


「愚かになったか?」


「いえ、成長されました。とても良い顔をされています」


 どこか誇らしそうな顔をしたかぐやに、俺はまだまだ見守られていた存在だったのだと理解する。


 ハルとの出会いを、ハルの言葉を、悲しみにしてはいけない。そう心に決め、俺は一直線に走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る