陰陽師、過去を語る⑤
「何が起きている?」
「翔也を助けに来たか。私を狙いに来たか」
「……なら、確実に後者だ」
土御門が動く理由で、任務を失敗した陰陽師を助けるためなんてことはあり得ない。
例え本家の嫡男だとしても、それが弱者であるならばいらない。それ程に非情な家系だ。
「やれやれ、参ったね。ここはだいぶ気に入っているのだが」
「そんな悠長なこと言ってる場合かよ。今すぐ逃げろ」
「ははっ! 土御門の人間が、妖怪に逃げろなど言っていいのかね。本来ならば、仲間が到着するまで私を拘束することが君の務めだろう」
「……俺自身が思考した故の判断だ。ハルが教えたことだろう」
ハルは目を見開き、少し驚いた表情を浮かべる。だが、すぐにいつもの調子で鼻で笑いながら、その白く優しい手で俺の頭を撫でてきた。
「生意気を言うようになったじゃないか」
「……子供扱いすんじゃねえよ」
「私から見れば、赤子のようなものだよ。まだまだ、君は純粋で脆い。そして、とても愛おしい存在だ。私は、翔也と渚の幸せを切に願うよ」
「おまえ、やっぱりーー」
俺が言い終える前に、ハルの身体が段々と透けていく。妖術を使い、この場を去ろうとしていることはすぐにわかった。
「お言葉に甘えて、私は逃げさせて頂くよ。争いはしたくないからね。翔也と過ごした日々は楽しかったよ」
「……無事に逃げきってくれよ。俺もハルの幸せを願っている」
なぜだろうか。胸がしめつけられる。
この短期間の間に、こんなにもハルの存在は俺の中で偉大なものになってしまった。
もう惑わされているかどうかなんて、どうでもいい。これは、俺の思考だ。俺の感情だ。
ハルは大切な存在だ。
「翔也。最後に一つだけ教えてあげよう。私のこの名は……土御門
そう言い残し、ハルの気配は完璧に消えた。
この場を離れたのだろう。
「やっぱり……母さんが絡んでたか」
あまり母親のことは覚えいない。ただ、破天荒で強くて、何よりも優しかったのだけは覚えている。
情報が多く思考を少し整理させたかった。しかし、こんな状況だ。そんな暇は勿論ない。
次の瞬間には、轟音と共に山小屋の扉は吹き飛ばされ、何人もの陰陽師が屋内に入ってきた。相変わらず荒々しい。
そして、その陰陽師達を率いて先頭で入ってきた男は俺に冷たい目を向けた。
「おまえは、何をしている。私達の気配に気づいていただろう。なぜ、妖狐の足止めをしなかった」
「……一週間、行方不明だった息子に最初にかける言葉がそれですか」
年齢は四十ほどだが、それ以上の風格を持ち大柄な体格をした陰陽師。俺の実父だ。
そんな俺の言葉など、完璧に無視をし他の陰陽師達に指示を出す。
「転移関連の術で逃げたとしても、移動距離はたかが知れている。まだ近くにいるはずだ。別部隊にも連絡し、すぐに追跡しろ」
父の指示と共に一斉に陰陽師達は動き出す。そんな中、真っ赤な瞳の陰陽師が俺に駆け寄り声をかけた。
「翔也、大丈夫?」
渚だ。父と同部隊で最前線で動いていたのだろう。やはり、緋眼も任務に参加していた。
最悪の状況だと俺は唇をかみしめ、渚を行かせないために少しでも時間を稼ぐ。
「……なぜ妖狐の存在に土御門は気づけたんだ?」
「一週間ほど前に、膨大な妖力を感知したの。そこから隠密隊が動いたみたい。私に召集がかかったのは昨日だけど」
一週間前……俺の治療のために膨大な妖力を注ぎ込んだとハルは話していた。恐らくその際に、土御門に感知されたのだろう。
だとすると、恐らく二、三日で隠密隊は位置を突き止め偵察をしていたはず。そこから重厚に準備を整え、今日伝説狩りに動いた訳か。
「無駄話をするな、渚。行くぞ」
「翔也、私行くね。ちゃちゃっと倒して、迎えにくるからさ! 安心して、ここで待ってな」
きびすを返し、父と渚はハルの追跡に向かう。この二人はとにかく行かせてはならない。
そもそも、ハルは今まで上手く隠れて生きてきたのに、こんな状況になったのは俺を助けようとしたせいではないか。
俺の立場だって、俺の人生だって今はどうでもいい。俺が今すべきことは、ハルを守ることだった。
「待ってください、父さん! 妖狐に、悪意はありません。むしろ、俺の命を救ってくれました」
「それが、どうした」
父はこちらを向かずに、言葉だけで返事をする。しかし、その際の父の感情は顔を見ずともわかった。
しかし、ここで怯む訳にはいかない。
「……どうか、妖狐を見逃してもらえませんか?」
振り向き俺に向けた父の瞳は、怪異達に向ける無慈悲なそれと同じものだった。
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