陰陽師、過去を語る④
それから、一週間が経った。
穏やかな日々だった。お役目も何もなく、こんなにもゆったりとした日々を過ごすのは何年ぶりか。
伝説の妖怪と共に過ごす日々は呆気にとられるほど何もなかった。良い食事を摂り、適度に身体を動かし、たっぷりと睡眠をとる。ただ、それだけを繰り返す日々。
こんな山奥で療養しているのだ。それ以外はすることがない。
唯一の娯楽といえば、対話だった。
「翔也は、土御門のことをどう思っているのだね」
「どうって……別に。長い歴史の中で、大事な使命を果たしてきた名家なんじゃないか?」
「それは、外部からの評価だ。翔也自身はどう思う? 土御門という場所は、君の人生の中で有益に作用するのかい?」
「わかんねえよ。ただ、産まれる場所は選べねえだろ。自分にとってよかろうと、悪かろうと、俺は土御門の人間としてお役目を果たさなきゃならない」
俺の返答に、ふふっと妖狐は鼻で笑う。
バカにされている訳ではないが、どうにもあの大きな瞳には常に見透かされているように感じる。妖狐にうわべだけの発言は通用しない。
「確かに産まれる場所は選べない。だが、産まれた後の人生は君が選ぶものなんだよ。今まで、翔也が思考し、決断し、行動をしたことがあったかい?」
「……」
「君が土御門という家に誇りを持ち、使命を果たし続けたいというのならそれでいい。ただ、そこに君の幸せがないのであれば、一歩外の世界に出てみることもいいかもしれんよ」
「……相変わらず、お前は俺を惑わす」
「妖怪だからね」
妖狐は微笑みながら、俺の背中に手をかざす。体内から黒い瘴気が少しずつ出ていく。不快感はなく、むしろ温かささえ感じる。
これが、妖狐の言っていた治療だ。少しずつ体内に溜まっている妖気を抜いているのだろう。
「翔也は、幸せになろうともっと踠くべきだ。そうしてたどり着いた新しい世界で、君を大切にしてくれる存在と出会う。翔也の使命は、それを守り続けていくことだよ」
「……考えておく」
「さて、これで。治療は終わりだ。今日はもう遅い。明日の朝、発つといい」
「色々と世話になった。礼を言うよ」
やっと帰ることができる。ただ、どこか心寂しさを覚えた。妖狐の言葉一つひとつが、俺の価値観を揺るがした。それがいいことなのか、悪いことなのはわからない。
ただ、常に新鮮で面白味を感じた。それは、あの家では絶対に聞けない言葉達だったからだ。
「なあ、お前特級妖怪以上の個体だろ。名はあるのか?」
「ははっ、いまさらになって聞くかね。そうさね……大事な名があるよ。ある人間の女性が、私につけてくれた名だ」
一瞬だけ、妖狐の顔が曇った。
何かを思い出したのか、名を話すことを躊躇したのか。
そもそも、人間から名付けられた妖怪なんて聞いた事がない。特級妖怪なんて、大体は牛鬼のような理性もなく嗜虐性の高いヤツらだ。人と交わる前に、喰ってしまう。
だからこそ、やはりこの妖狐はおかしい。
そして、その名を大切に発したその姿を見て、俺は何故か悲しくなった。
「私の名は、ハル。君にこの名を伝えられたことが、嬉しいよ」
「……ハルか。覚えておく」
出会ってから見たことがない屈託のない笑顔をハルは浮かべた。今までどこか作り上げたような表情だったが、初めて心の底から笑うのを見た気がした。
そんなハルを見て、俺は恐ろしいほど綺麗な人間だと思ってしまったのだろう。
心臓の鼓動が止まらなかった。
◇◇◇
「ーー也。翔也。起きたまえ」
深く眠りに落ちていた中、ハルの声で起こされる。ハルに起こされることなんて、この一週間なかった。睡眠に勝る特効薬なんてないと、自然に目を覚ますまでは物音一つたてられたことがなかったからだ。
「……どうした、ハル。まだ、夜中だろ」
「囲まれている」
何を言っているのかわからなかった。
ただ、今まで見たことのない表情を浮かべるハルを見て、マズいことが起きているのはわかった。
「囲まれてるって……誰に」
「大量の陰陽師。おそらく、土御門だ」
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