陰陽師、過去を語る②
「君はなぜ怪異を無差別に祓い続ける?」
「土御門に産まれた陰陽師としての使命……そもそも、怪異は人の世を乱す悪だ」
「違う、違う。それは君の頭で思考した末の結論ではないだろう。もっと本質的なところを捉え、根拠を示し、その末に結論づけなければいけない。でなければ自身の行動に、覚悟と責任が生まれてこんのだよ」
「知らねえよ……」
どうやら、ここは山小屋のようだ。俺が任務を行っていた霊峰に建てられたものだろう。
内部はさほど広くはないが不思議と居心地はいい。俺が暖をとれるように、煖炉には火が焚かれている。
そんな中、俺は謎に妖狐から詰められていた。
「君は怪異を悪だと言ったね。でも、私は君の命を助けた。いわゆる、命の恩人だ。そんな私は、悪かね?」
「わかんねえよ。あんたが今までどう生きてきたかによる。……ただ、感謝はしている」
「ふむ、いいね。少しは頭が回りだしたようだ」
妖狐は嬉しそうな顔を浮かべると同時に、頭から二つの獣耳を出した。長い髪の毛に隠れ人間としての耳は見えないが、こちらが本当の耳なのだろう。
そして、尾骨からは九つに分かれた尾が生えているはずだ。しかし、それも上手く隠れている。というよりも、この容姿も含め
伝記では、人に化け、魅了させ、掌握し、鬼畜の所行と呼べるほどの悪行を尽くした妖怪とされている。ただ、以前にも述べたように伝説というものは大抵は作り話だ。実態はわからない。
「さて、では怪異が悪だというのなら人は善かね?」
「まだ続くのかよ。……絶対的に善とは言えねえ。悪いヤツもいる」
「ふむ。怪異も同じだ。善行を成すもの、悪行を成すもの。どちらもいる」
妖狐は俺の目を見据えながら答える。これは、答えでもあり問いかけでもある。
人間と同じように、良い怪異だっている。なのに、悪だと決めつけ無差別に祓うのはおかしいという主張も含んでいるのだろう。
「……それでも、人に害を成すもののほうが多いだろう。一つひとつ選別してる内に、次の被害者が出る」
「だから、手っ取り早く無差別殺人してしまおうって話かね。ははっ、屈曲した正義を持つ殺人鬼と同じだね」
「……おまえは何がしたいんだ? こんなことを話し合って何になる?」
どこまで行っても、俺達は人間と怪異だ。
立場や価値観、経験や知識。何もかもが違う。いくら議論を重ねたところで、その先に何かが産まれるとは思えない。
それでも妖狐は心外だと言わんばかりにため息をつき、幼子を諭すようにゆっくり答えた。
「わかったよ。まずは、私の目的を教えよう。なぜ君を助けたか。なぜ君と語り合うのか。それは、私は人との共存を目指しているからだ」
「……なんでだよ」
「人間が好きなのさ」
……あり得ない話だ。怪異の伝説。絶対的な悪の王であるはずの九尾の狐が、人間のことが好きなのだと言い放った。
惑わされてはいけない。
これが、コイツの手口だ。警戒を怠るな。
そう頭では思考しているはずのに。その言葉は胸の内にスッと入ってきてしまった。
そのまま、妖狐は語り続ける。
「人間というのは、愚かで、傲慢で、卑しい。他種を狩り、家畜にし、残酷な行為を平気で行う。この星からしたら、そうして繁殖し続けている人間が一番悪だろう」
「……好きになる要素、皆無じゃねえか」
「だが、反面。計り知れない情というものを持ち合わせている。君達がいう優しさというものだ」
妖狐はなんとも形容し難い表情を浮かべながら俺に近づき、俺の顔をじっくりと凝視した。
「……君は本当によく似ている」
警戒していたはずだった。何か不審な動きがあればすぐにでも反撃ができるように。それでも、何も動けず。言葉を発することさえもできず。俺は無抵抗のまま妖狐に抱きしめられた。
「すまなかった。君がこうして生きてくれていることが、私は何より嬉しいよ」
……ああ、惑わされている。
なぜ、こんなに優しく抱きしめられているのか。なぜ、妖狐の声が震えているのか。意味がわからない。
そして、何よりわからないこと。
なぜか俺の両目からは涙が溢れ、とどまることはなかった。
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