陰陽師、過去を語る
なんてことない任務だった。ある霊峰に大量に発生した怪鳥、
この生物自体の戦闘能力は低級妖怪と同等で、体が青白く発光する以外特に能力はない。
なんとも楽なものだと、逃げ惑う青鷺火を片っ端から祓っていった。親鳥や雛鳥もいた。命乞いをするように鳴き声をあげていた。それでも、無慈悲に祓った。祓って、祓って、祓ってーー
それは、現れた。
事故にあうという表現が一番正しいのだろう。ふと、気づいた時にはもう遅かった。
牛の頭を持ち、鬼の胴体を持つ伝説の妖怪。牛鬼がそこにいた。
皆の感覚で表現するとしよう。いつも通り学校へ向かう通学路の途中、120キロのスピードを出した大型トラックが四方八方から突っ込んできた。そんなどうしようもない、避けようもない理不尽な事故。
牛鬼に遭遇するというのは、そういったことである。
絶対に敵わない。会った瞬間に恐怖に包まれ、死ぬことを覚悟する前に身体は逃げ出していた。
そんな俺を、牛鬼は弄ぶように追いかけ回してきた。少しでも抵抗をしようと反撃も試みたが、使える式神達も全く歯が立たなかった。かぐやでさえも、蝿のように払われた。俺の術式なんて気にもしていなかった。
そうやって絶望を与え、暴力を与え、逃げることさえ出来なくなった俺に、牛鬼はこう言った。
"どこから、喰われたい?"
なぜ、こんなことをするのだろうか。
なぜ、こんなに楽しそうなのか。
なぜ、俺は殺されなければならないのか。
頭がごちゃごちゃに回りながらも、俺は必死に言葉を発した。
「やめ……殺さないで、くだ、さい……助け……」
その時、俺は逃げ惑う青鷺火の姿を思い出した。そして、それを追いかけ回し、無慈悲に祓う自分の姿が鬼に見えた。
そもそも、なぜ俺はあいつらを祓い続けたのか。あいつらは何をしたというのか。あいつらは……ただ、そこで生きていたいだけだったのに。
そして、一瞬で全てを悟った。
これは報いだ。ただの罰だ。全てが返ってきたのだと。
それでも、だんだんと冷たくなっていく身体に恐怖は消えなかった。最後まで、心の奥底で助けを求めていた。
誰か……誰か……誰か……………
「こらっ、牛鬼。弱い者イジメはやめたまえ」
重くなる瞼を必死に開けて見上げると、俺を庇うように女性が立っていた。
そして俺はその顔に。その身体に。その存在に見惚れた。魅了された。
死にかけているのにおかしな話だと心の中で笑いながら、謎の安心感を抱き俺は意識を失った。
◇◇◇◇
「目が覚めたかい?」
全身に痛みを感じつつ、瞼を開いた。
家屋の中で布団に包まれ、俺は横になっていた。記憶がやや混濁していたが、その女性の姿を見ると同時にあの瞬間が鮮明に蘇った。
「……なんで、俺は生きてる? どう手当しても、助からない状態だったぞ」
「それなりの労力を使ったのだよ。感謝してほしいね」
優しく微笑みながら、その女性はイジたらしく俺に言う。相変わらずに完璧な容姿だ。美しすぎるが故に、すぐに悟る。
この女性は人間ではない。妖怪だと。
「……なぜ、妖怪が俺を助ける。俺は、陰陽師だぞ。お前らの敵だ」
「生命は皆、平等で尊い。その輝きに敵も味方もない。それが私の持論だ。返答としては、こんな感じで良いかい?」
「良くねえよ……大体、牛鬼はどうした?」
そもそも、あの牛鬼から逃げられるはずがない。俺はあいつにとって獲物であり、他の妖怪に易々と獲られるなんてことはあり得ない。
「説得したよ」
「どうやってだよ」
「やめなさいと伝えた」
……どうにも、調子が狂う。
この女性が言っていることが本当なのであれば、牛鬼が退いた理由で考えられるのはひとつ。牛鬼か同等、もしくはそれ以上の妖怪であるということだ。
「あんた、何者だよ」
「そうさね……九尾の狐といえば、わかるかな?」
この目を疑った。
ただ、その発言が嘘ではないということは、一瞬で分かった。そうでなければ、現状が説明できないからだ。それでも、疑わずにはいられなかった。
伝説級の妖怪に出くわすことなんて、一生を使っても普通はありやしない。
そんな奇跡は、俺に向かってただ優しく微笑んでいた。
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