座敷童子、スーパーでイキる

「大地香る、青果コーナー! 光輝く鮮魚達!よりどりみどりの調味料! なんですか、ここ!? 天国ですか!?」


「でけえ声出すな。ジロジロ見られてんぞ」


 服屋を出た後、どうせならと大型のスーパーに連れてきたが、テンションがあがりすぎているようだ。子供のようにうるさい。


 何より、服屋の時より数倍はしゃいでいるのが気になる。確実に座敷童子の主婦魂に火がついている。


「翔也さん! いくらまで使っていいですか!」


「あー、ここも五千円くらいか?」


「五千円……? 本気ですか!? その程度で、生活の質の向上が見込めるとでも?」


「別に見込んでねえよ」


 コイツの価値観がわからん。

 服屋じゃ、五千円で充分だったろうが。


「大体、翔也さんは食材に対して無頓着すぎます! 私が買い物を頼んでも、賞味期限は見ない。鮮度は気にしない。産地なんてどうでもいい。適当にカゴにぶっ込んでますよね?」


「いや、まあ……」


「少しでも安く質のいいものを見極める。生命を賭けてでもタイムセール品は奪い取る。もう、買い物という名の戦争は始まってるんですよ!」


 奪い取っちゃダメだろ。

 俺の周りは、なんでこう面倒臭いヤツしかいないんだ。


 何より、服屋じゃ田舎者丸出しの素人娘だったのに、スーパーでは熟練主婦のプロ感出してきてるのが絶妙にイラっとする。



「……じゃあ、好きなもん買えよ」


「わかってくれましたか! この座敷童子、その温情に恥じない美味しい晩ごはんを必ずや作りあげます! あ、翔也さんはそこのベンチで待ってて下さい」


「なんでだよ」


「足手まといです!」


 そう言い放ち、座敷童子は買い物カゴを片手に颯爽と姿を消した。なんとも言えないモヤモヤを抱えたまま、設置されているベンチに座る。

 

 まさか、座敷童子に足手まといと言われる日が来るとは思わなかったな。かぐやがいたら、確実に処されていただろう。

 ……そもそも、こんな風に妖怪と買い物に来ること自体がありえない話しだ。


 怪異という存在は、絶対的悪である。

 視界に入った時点で生命を賭けてでも排除しなければならない。

 ヤツらの言葉に耳を貸すな。心を動かされるな。温情を与えるな。「問答無用」だ。


 土御門家に産まれ、育てられた陰陽師達は皆そう刷り込まれる。自らの思考や判断なんてもってのほか。洗脳に近いその価値観は、よほどの事がなければ死ぬまで揺るがない。


 こんなところでのんびりと妖怪の帰りを待っている俺の存在なんて奇跡に近いのだ。


「不思議なもんだな……」


 色々と物思いにふけながら待っていると、大量の袋を両手にぶら下げた座敷童子が帰ってきた。しかし、なぜか涙目になっている。


「どうした?」


「タイムセールの卵を狙っていたんですが、屈強な主婦の方達との争いに負けました。というより、殺されるかと思いました……」


「そうか。生きて帰れてよかったな」


「うう……こ、怖かったです……」


 こんな、一般人との争いに負けてベソかいている妖怪の何が悪だというのか。弱いものイジメのように、容赦なく祓う俺達の方がよっぽど悪だろう。


「ほら、帰るぞ。荷物持ってやるから貸せ」


「……翔也さんって、本当になんだかんだ優しいですよね」


「うるせえな、早く行くぞ」


 半ば強引に持っている荷物を受け取り、早足で歩き出す。座敷童子は、そんな俺の横に小走りでついてくる。


 周りから、俺達はどんな風に見られているのだろうか。兄妹か、友達か、それとも……


◇◇◇


「翔也さん、この公園ボートに乗れるみたいです。この看板に書いてあります」


「そうか、凄いな」


「この公園ボートに乗れるらしいです」


「大したもんだな」


「この公園ーー」


 まだなんかゴニョゴニョ言ってるが完璧に無視して、歩みを進める。反して、座敷童子は公園入り口の前で歩みを止めた。


 そして、そこで喚き出す。


「この公園ボートに乗れるんです! 乗ったことないんです! 乗ってみたいです!」


「お前は子供か……」


 駄々のコネ方が完璧に幼児だ。ある意味、メリーと似ているな。

 普段であればそのまま無視して帰路を黙々と辿るところだが……座敷童子にとっては、中々出来ない外出なのだろう。

 一応褒美の外出だ。一つだけワガママを聞いてやろう。


「わかったよ。ただ、そんな長居はしないぞ」


「……!? どうしたんですか、翔也さん。絶対、置いてかれると思ったのに。今日は一段と甘いです」


「俺もボートなんか乗ったことないからな」


 座敷童子は嬉しそうに、公園の中に入って行く。本当にただの子供のようだ。


 一足先に進む座敷童子を追いかけながらズンズンと先に進んでいくと、公園の中心に池が広がっていた。お世辞にも綺麗な池とは言えず、整備されていない藻のせいで水は緑色。そこに、数隻のボートがいくつか浮かんでいる。


 岸辺の受付に中年のおじさんが一人いて、座敷童子は意気揚々と声をかけた。


「おじさん、大人2名!」


「あいよー、30分300円な。お、カップルか。池の水が沸騰しちまうな!」


「なぜですか?」


「熱々すぎて? なんちってなぁ!」


「あっはっはっ!」 「がっはっはっ!」


 座敷童子はペチャクチャ楽しそうに話しつつ、おじさんに手漕ぎのレクチャーをされている。

 なんか、もう仲良くなってる。コイツ、コミュニケーション能力お化けだな。俺よりよっぽど人間らしく生きていけそうだ。


「さて、漕ぎますよー!」


 二人でボートに乗り込み、座敷童子が船頭となりどんどんと進んでいく。何がそんなに面白いのか、座敷童子は漕ぎながらずっと爆笑していた。


 池の真ん中に辿り着き、ゆったりと船が浮かぶ中、一通り笑い終えた座敷童子が口を開いた。


「あー、楽しかった。……ねえ、翔也さん。一つだけ聞きたいことがあるんですけど」


「なんだよ、急に」


「いや、聞いていいのかわからなくて踏み込んでこなかったんですけど……やっぱり気になっちゃって」


 座敷童子は困ったように笑いつつ、俺の顔をチラチラと伺いながら問いかけてきた。


「翔也さんは、なんで土御門家を出たんですか?」

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