一章 第四節
座敷童子、飽きる
「……外に出たいです!!」
大学の講義もなく、バイトも入っていない久々の休日。朝食を終え、皆が各々だらけた時間を送っている中、急に座敷童子がその沈黙を破った。
「外に出たくても出れねえんだから、仕方ねえだろ。いつも通り、テレビでも見てろよ」
「仕方なくても、出たいんです! もう、毎日、毎日、毎日、同じことの繰り返し! 朝ご飯作って後片付け。洗濯しながらワイドショー見て、お昼は余り物で適当に済まして。午後は掃除しながら、韓国ドラマの再放送を流し見。自分へのご褒美にアイス食べた後、お昼寝して。起きたら、すぐ夜ご飯の準備……もう、こんな毎日うんざりなんです!!」
五十過ぎた主婦みたいな生活してんな。
「ご飯だって、メニュー考えるの大変なんです! スーパーに行って実際に色んな食材見て閃くことだってあるんです! スーパー行きたい! スーパー行きたい!!!」
やっとこさ外に出れて、行く先がスーパーでいいのだろうか。スーパー行きたいって駄々こねるヤツ初めて見たわ。
喚き散らす座敷童子に俺とかぐやは冷ややかな視線を送るがおさまる様子はない。今日の座敷童子は本気でヒステリーを起こしている。
まあ、一日中家に一人でいるのは相当なストレスなのだろう。と言っても、解決策がある訳ではないが……
(わら子、お前がスーパーに行けたらより美味な食事が出てくるということか?)
「……え? いや、まあ。たぶん」
(チョコを使った、創造性溢れるスイーツが作れるか?)
「いや、まあ。善処しますが……」
予想外のところから予想外の問いかけをされ、一気に頭の熱が冷めたようだ。素の座敷童子に戻っている。
座敷童子の返答にかぐやは、顎に手を当て何かを考える。
(ふむ……仕方ない。ちょっとこっちに来い)
「えっ、はい」
訳がわからないまま、座敷童子は浮遊しているかぐやに近寄る。
かぐやが座敷童子に手をかざすと、二人の身体が光に包まれた。
「うぇっ!? な、なんですかっ、これ!」
(黙ってろ、すぐ終わる)
何かの術式をかけている。
基本的に、術を使用する時は神の力を借りている。神通力という言葉通り、神の力を通して人間には起こせない摩訶不思議を起こす訳だ。
そして、その媒介となるものが呪符だ。逆に言えば、俺達は呪符がなければ術式を作ることができない。
だが、かぐやの場合は呪符などなくても自在に力を使うことができる。それはなぜか?
答えは単純。かぐやは式"神"だからである。
式神とは調伏した鬼神だ。土御門家に代々仕える神なのである。
(……これで、一応は外に出ることができるぞ)
「えっ!? 本当ですか!」
そして、そんな血統書つきの式神が自欲に負け妖怪のために術をかけた。かぐやも、俺に影響され始めてきたな。色々といい加減になってきている。
「なんの術式をかけたんだ?」
(置換の術です。一時的にわら子の誓約を私に置き換えました。なので、今は私が家から出れません」
「……だいぶ器用なことしたな。そこまでして、チョコスイーツ食いたかったのか?」
(いえ、まあ。気まぐれです。たまには褒美を与えても良いかと)
多分、問い詰めても絶対認めないからそういうことにしておこう。
「さ、早速行ってきていいですか!? 久々のシャバに!」
(間違っても、そのまま逃げようなど思うなよ。帰らないようだったら、容赦なく術を解く)
「……解いたらどうなるんですか?」
(誓約無視したまま、この家を出たことになるんだ。死ぬかもな)
「絶対帰ってきます」
外出と引き換えに、命握られるのか。
スーパー行くだけでも命懸けとか不憫だな。
それでも、座敷童子は満面の笑みを浮かべている。相当嬉しいのだろう。
かぐやも褒美と言っていたが、毎日俺達のために家事をしてくれているのは事実だ。これくらいの息抜きがあっても良いだろう。だが……
「ちょっと、待て。俺もついてく」
「翔也さんもですか? 家でゆっくりしてていいですよ?」
「いや、色んな意味で心配だ。お前、気づいたら警察とかに捕まってそうだし」
「私、どんなイメージなんですか……?」
何かやらかしそうなイメージしかない。
携帯を持ってるくらいだ。座敷童子も多少は人の世に紛れていたのだろう。最低限の社会常識はあると信じたいが……
「そんな着物を着て、平気で外出ようとしてる時点で信用ねえよ。絶対、目立つぞ」
「……じゃあ、どうするんですか? 翔也さんの服借りてもブカブカですよ」
「まずは、服買いに行くぞ」
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