座敷童子、終わる


「へー。君、翔ちゃんのためなら祓われてもいいっていうんだ」


「……私は、座敷童子です。家主の幸福を願います」


「口だけなら、なんとでも言えるけどね」


 渚から笑みが消える。

 緋色の瞳が座敷童子を捉え、先程とは違った重圧……いや、殺意だ。明確な殺意を座敷童子へと放った。


 加えて、緋眼から幻術に近いものを飛ばしている。それは低級妖怪が耐えられるものではない。呼吸を忘れ、思考を失い、絶望だけを身に纏いながら悶え苦しむだけだ。


「う、ああああ!! あああああ!!」


「苦しいよね。ツラいよね。でも、君が望んだものはこれ以上のもの。祓われた妖怪が落ちるのは地獄だよ。それでも、人間のために命を捧げられるの?」


「ちっ、いい加減にっーー」


 とても見ていられない光景に実姉に太刀を振り上げようとした……が、ここである事実に気がつく。


 身体が動かない。


 そして、それはかぐやも同様のようだ。苦しむ座敷童子に対して、何もアクションを起こせない状況に顔をしかめている。


「さあ、命乞いしてみなよ。やっぱり、私だけは見逃して下さいって。その醜くて浅ましい妖怪としての本性を出してみなって」


「ああああっ! あああ、わ、わたし、わたし……は……」


 錯乱している。まともな状態ではない。

 そして、その言葉を放った時点でアウトだ。


 何も出来ない自分の不甲斐なさに、狂いそうになる。身体は言うことを聞かず、唇を噛み締めることさえままならない。


 俺は何も成長できていない。そして、この後訪れる凄惨な光景をただ見ていることしかーー


「わ、わたし……は。翔也さんの、幸せを……望み……ます」


 出てきたのは、予想外の言葉だった。

 何より、渚が一番驚いている。


 打算的な発言ではない。無意識下での本音を受けた渚は、少し何かを考える。そして、放っていた殺意を消し、幻術を解いた。


「はっ、はあ……はあ……」


 段々と平静を取り戻していく座敷童子に対してひとまず安堵する。ただ、状況は何も変わっていない。身体が動かないことには、何も出来やしない。


「……おい、渚。俺達の動きを止めてんのは、お前か?」


「あー、そうそう。本当は君達にキツいお灸を据えようと思ってたんだけど。この娘の意向に沿って穏便に済まそうかなって。そうなると、翔ちゃん達の抵抗面倒臭いから」


「緊縛の術式……いつの間に組んだ?」


「この家入る前。外壁に沢山呪符貼ってあるよ」


 迂闊だった。そもそも、最初から俺達は渚の手のひらの上で踊らされていただけだった。

 

 そして、渚の言っている「穏便に済ます」は、俺達との戦闘を避けたということだけだ。座敷童子への処遇は変わらない。


「……さて、かぐやちゃん。ちょっと、邪魔なのでおどき下さいー」


 スタスタと歩いて行き、座敷童子を守るように浮遊していたかぐやをつまんでどかす。なんとも屈辱的な行為にかぐやの顔が歪んでいるが、一切の抵抗ができない。


 渚はそのまま座敷童子に語りかける。


「君みたいな妖怪初めて見たよ。あの時の翔也の言葉も今なら信じちゃうかもなー」


「……あの時?」


「その意地と勇気に評して、一瞬で済ませてあげる。最期に言い残す言葉はある?」


「最期……ですか」


 座敷童子は、緋色の瞳に捉われながら震えている。足はガクつき、全身から冷や汗を流し、瞳からは涙が溢れている。すぐそこまで近づいているものをリアルに感じているようだ。


 それでも、座敷童子は必死に身体を動かし俺の方へ身体を向けた。そして、無理矢理に作った笑顔で放った言葉は、生への執着でもなく、同族への遺言でもなかった。


「翔也さん、どうかお幸せに」


 その瞬間、渚の顔が歪んだ。

 それと同時に、鎖鎌を持つ手に力を込めるのが見えた。


「やめろっ、渚っ!!」


 座敷童子の首めがけ、大鎌が振るわれた。

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