座敷童子、動く
かぐやが言っていたリスクの話しをしよう。
陰陽師として力を持つ者は、怪異を祓わなければならない。それは、土御門であろうとなかろうと、この界隈での鉄則だ。
そのルールを破るなど、土御門に産まれ、土御門に育てられ、土御門で式神と契約を交わした俺がやってはならない。
それは、家を出ていようとなかろうと関係がない。土御門の名家としてのブランドを汚すことになるのだ。
そんな俺が、妖怪を見逃すどころか共に暮らすような真似をしている。そんなことがバレたらどうなるか。それは、反逆を意味する。
ただの家出息子と反逆者では、意味合いが違う。土御門にとって、俺は大罪人となったのだ。
そして、大罪人が待ち受ける未来は一つ。
「処刑」である。
「
渚は呪符を取り出し、先程放った鎖鎌を再度具現化する。渚の常用武器だ。
「こんな狭い部屋で、そんなの振り回すなよ。住めなくなるだろうが」
「面白いこと言うねー、翔ちゃん。死体に住居なんか必要ないじゃん」
相変わらずヘラヘラしながら鎖を持ち、鎌をブンブンと回し始めている。いつ放たれても対応できるように、俺も太刀を構える。
ただ、警戒しなければいけないのはこれ見よがしに見せつけてくる凶器だけではない。渚は難解な術式も呼吸をするように扱ってくる。使役している式神だって、いつ出してくるか。
今は、かぐやにも頼れない。はっきり言って絶望的だ。ただ、ごちゃごちゃ考えている場合ではない。今はただーー
「ちょ、ちょちょっふ、……ちょっと、待ってくだひゃい!!」
意外なところから声があがり、睨み合っていた俺達の視線はその声の主に集まる。
やっとこさ声を出したようでなんとも間抜けな噛みかたをしていたが、座敷童子の表情は至って真面目だ。そして、息を整えた後、叫ぶように言い放った。
「わ、私っ! 死にますっ!」
あまりにも突拍子のない発言に時が止まる。
渚も、急に何を言い出したのかと目を丸くしている。
そして、この中で一番冷静だったのはかぐやだ。いち早く座敷童子の言葉の意図を理解し、咎めた。
(祓われるのは勝手だが、私への命令が解かれた後にしろ。今は、お前を守らなければいけない)
「だっ、だって! 私のせいで……翔也さんと、かぐやさんが……」
単純なことだった。今この場の争いの種は、座敷童子だ。その存在がいなくなれば、とりあえず場は収まると考えたのだろう。
ただ、それは俺にとっては最悪の結末だ。
「余計な気を使うな。これは俺の問題だ。お前は自分のことだけ考えてうずくまってろ」
これは座敷童子がいなくなれば良いといった問題ではない。俺の行動、俺の選択の問題だ。
ただ、座敷童子は納得をしていない。やや、怒りも混ざったような声色で返してきた。
「自分のことだけって……ば、バカにしないで下さい! 私は座敷童子です。人に幸福を届ける妖怪が、自分のせいで不幸を呼び寄せちゃってるんですよ。そんなの耐えられる訳ないじゃないですか!」
俺達のやりとりを聞きながら様子を見ていた渚は、興味深そうに微笑む。振り回していた鎌を止め、俺への戦闘態勢を解いた。
完璧に舐められている。俺が不意打ちをかけてもどうにでも対処できるというメッセージでもある。
それどころか、俺への視線を外し身体を座敷童子の方へ向けた。
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