座敷童子、なんとかなる

 終わった。人型の妖怪は基本的には人間と同じだ。首と胴体を切り離され無事でいられるものではない。

 

 無念だっただろう。惨たらしく祓われた座敷童子の亡骸を前に自分の無力さを痛感しーー


「ひ、ひいいい。首元に! 首元に鎌があああ! し、死ぬううううう」


 ……まだ、生きてる。なんか叫んでる。


 凄惨な光景を直視できず、一瞬目を逸らしたが故に状況を理解するまでに間ができてしまった。

 よくよく目を凝らして見ると、渚が振るった鎌は首元に触れる直前で寸止めされている。


 そして、生殺し状態で叫んでいる座敷童子を渚は真顔で見つめていた。数秒そのまま何かを考えた後、そのままゆっくりと鎌を首元から離した。


「……渚?」


「うーん……てやっ!」


 可愛らしい掛け声と共に、鎌の代わりに座敷童子に向けられたのは呪符だった。

 渚は一枚の呪符を座敷童子のおでこに貼り付ける。


「うあっ!? な、なんですか!?」


 座敷童子の体内に、貼り付けられた呪符がゆっくりと取り込まれていく。


「ど、毒ですか!? 一瞬で済ますと言ったのに、じわじわと殺しにかかるなんて、ひ、ひとでなしっ!」


 せっかくさっきまでかっこよかったのに、喚き出してからなんかダサく見えてきた。


 ただ気になるのは座敷童子に取り込まれた呪符だが……なんの術式をかけたのか。

 そこにいち早く気づいたのは、かぐやだった。


(……妖気が消えましたね)


「確かに。隠秘の術式の応用か?」


 妖怪という存在は、総じて妖気というものを纏っている。渚がこの家に真っ直ぐに向かってきたのは、微弱ながらも座敷童子の妖気を感じとったのだろう。


 そして、恐らく渚はその妖気を外界からは感じ取れないようにする術式を座敷童子に埋め込んだ。

 しかし、その意図が掴めない。


「渚……おまえ、何がしたいんだ?」


「あー、私の勘違いだったみたい。この娘、妖怪かと思ったけど普通の女の子だったんだね」


「……何を言ってーー」


「だって、妖気感じないじゃん。よって、この娘は人間。よって、私は帰る。ばいびー」


 めちゃくちゃな理論だ。自分で妖気を隠し、この妖怪は人間だと言い張る。どんな心境の変化があったかはさておき……そんな理論が土御門でまかり通る訳がない。


「……いいのかよ、渚。こんなこと、土御門にバレたらお前だってタダじゃ済まねえぞ?」


「何の話? 私はただ、家出した弟の様子見に来たら、さっそく一人暮らし生活にかこつけて女の子連れ込んでイチャイチャしてたのにドン引きして帰るだけだよ?」


 言い方よ。調子こき始めた大学デビュー男みたいな表現やめろ。

 完璧にすっとぼけた態度で、渚は変わらずヘラヘラしている。そして、さっきまでとのギャップに一番混乱しているのは座敷童子だ。


「えっと……私、とりあえずなんとかなった感じですかね?」


 オロオロしている座敷童子に、渚は詰め寄る。


「君さ、名前なんていうの?」


「……名前? いや、名前なんてないですけど」


「そっかー! 座敷わら子ちゃんっていうんだ! 最近の子にしては珍しい名前だねー!」


「……翔也さん、どうしましょう。私、この方と会話が成立しません」


 まあ、側から聞いていてもめちゃくちゃな会話が繰り広げられているのはわかる。

 しかも、さっきまで自分を殺そうとしていた人物にいきなりフランクに絡まれ始めたのだ。座敷童子は明らかに戸惑っている。


「まあ、そういうことで。翔也のことよろしく、わら子ちゃん」


「……え? あの、はい。頑張ります」


「また遊びに来るからねー!」


 渚は何事もなかったかのように、そのまま割れた窓ガラスから出て行こうとしている。

 帰ってくれるならそれはそれで万々歳なのだが、問題は残っている。何より、渚の意図もわからないままだ。


「おい、渚。緊縛の術式解けよ。それに、話はまだ終わってねえ」


「んあー、なんだって? お姉ちゃん、行かないで? もうっ。翔ちゃんは、いつまで経っても甘えん坊なんだからー」


「うるせえ、早く解け」


「ではっ、皆の衆! さらばっ!」


「おい、ふざけんなっ!」


 元気よく別れの挨拶をした後容赦なく渚は姿を消した。あいつ、やりやがった。

 今だに指先一本動かせない状態で、追いかけることすら出来ない。何より、かぐやも動けないままーー


(翔也さま、大丈夫ですか?)


「……かぐや。……なんで普通に動いてる?」


 気づくと、かぐやは俺の目の前で浮遊していた。完璧に身体の自由を取り戻している様子で、心配そうな眼差しを俺に向けている。


(どうやら、私だけ解いてくださったみたいです)


「……あの野郎っ!!」


 嫌がらせだ。ただの弟イジメだ。





◇◇◇◇◇◇



(渚様、お待ちください)


「あれー、かぐやちゃん。追いかけてきてくれたの? お見送りかなー?」


(そうですね。何より、深謝申し上げとうございます)


「翔也のこと?」


(はい、私達の愚行にご慈悲を下さったこと、心より深謝致します。……渚様は大丈夫なのですか?)


「あー、大丈夫、大丈夫。私、強いし。適当にうまくやるよー」


(……意外でした。まさか、あの低級妖怪を生かすとは)


「私だって、自分でびっくり。本当にギリギリまでは首はねるつもりでいたし。でもさ、最後の最後で悔しくなっちゃったのよねー」


(どういうことでしょう?)


「あの娘さ、最期まで翔也の幸せ望んでたでしょ? 対して私は、翔也にあんな顔させることしかできなくてさ。それが結果として、翔也を守ることになるとしても、お姉ちゃんとしては悔しくて仕方ないじゃん」


(……渚様、ブラコンですよね)


「あっ、バレた? だから、翔也と一緒に反逆者になる道もありかなーって。勿論、そうならないように立ち回るけど」


(……お二人ともよく似てらっしゃいます。素直でなく、伝えることが苦手で、でも心根はとても優しい。さすが、ご姉弟です)


「ははっ、周りからは似てない似てないって言われ続けてたけどね。あいつ、不器用だし」


(不器用なのは渚様もじゃないですか)


「……さすが、かぐやちゃんは良く見てるね。あ、ついでに一つお願いがあるんだけどさ」


(私が出来ることであれば、喜んでお引き受け致します)

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