一章 第二節

日常、始まる

「……出汁変えた?」


「お、わかりますか! ふっふっふ、使ってるブツは一緒。出汁の引き方を変えたのです!」


「漬け物もうまいな」


「今日のは最高の漬かり具合ですよー。かぐやさんも、お味どうですか?」


(まあ、悪くない)


「かぐやさんから合格点を頂けるなんて! 今夜は嵐かもですね!」


「あっはっはっ!」 「あっはっは!」


(……馴染むなっ!)



 座敷童子が家に来てから、一週間が経った。最初は居心地が悪そうにしていたものの、妖怪も慣れるものらしい。今では、ソファに腰を沈め、テレビを観ながらアイスを喰らうほどになっている。


 居候の身で図々しいとかぐやはピリピリしているものの、座敷童子がそこまで強く言われない理由が一つある。


 コイツ異常な程に、家事ができる。


 家庭料理を作らせれば、超おふくろ級の絶品ほんわか料理が出てくる。

 洗濯物を任せれば、ふわふわ太陽の香りと共に、シワ一つない完璧なシャツが出来上がる。

 掃除をさせれば、業者さん入りました?と問いたくなるほどの、埃一つない部屋に様変わり。


 帰宅した人間が自然と幸せを感じられる環境を作ることに特化している。これが、座敷童子の能力なのだろうか。



(ちょっと前まで、消されると泣き喚いていたのに。何を普通に馴染んどるんだ、お前は)


「そんなこと言われましても……」


「まあ、いいだろ。おかげで、俺も助かってる部分あるし。かぐやだって、家事は苦手だろ?」


(うっ……)


 小さな体躯を最大限に使いつつ、かぐやが家事をやったこともあった。しかし、式神は別に万能の使い魔という訳ではない。

 炊事、掃除、洗濯程度は朝メシ前だと自信満々に始めたかぐやだったが、出てきた黒焦げになった魚を前に俺は絶句した。


 重大な判断ミスをしたことに気づいた時にはすでに遅く、シャツやズボンは何故かビリビリに破けていて、掃除をしていた部屋のインテリア達は破壊されていた。


 遂に反抗期が訪れたのかと不安になるほどのポンコツぶりを見せつけられ、以降かぐやに家事を任せたことはない。


(と、とにかく。さっさと、幸福とやらを届けて出ていけ!)


「というより、うまい飯が食えて、部屋は綺麗で、服からもなんかいい匂いするし。俺は充分に幸せなんだけどな」


「なんとっ! じゃあ、私普通にこの家出て行けるんじゃないですか?」


 座敷童子はそそくさと立ち上がる。そのままワンルームと繋がっている玄関まで向かったところで、くるりと身体をこちらに向き直した。そして、深々とお辞儀をする。


「陰陽師さんと式神さんなのに、私みたいな妖怪に親切にして下さってありがとうございました。想い出の漬物を食べた時、少しでも家事上手な妖怪がいたこと思い出してくださいね? ……へへっ」


「感傷的な雰囲気を出すな。オチが見えるから」


「では、お元気で!……あいたっ!!」


 案の定、ドアを開き出て行こうとしたところで透明な障害物に頭をぶつける。


 座敷童子は頭をおさえながら、涙目になりつつ普通に食卓に戻ってきた。


「……まあ、こんなことだろうと思ってましたよ」


「じゃあ、なんであんなに勢いよく突っ込んだんだよ」


「別れの挨拶してたら、なんかテンションあがっちゃって……」


 そんな座敷童子に対して、かぐやは冷たい視線を送りながら漬け物をかじっている。

 そんなかぐやを見て、座敷童子はある疑問を浮かべた。


「今さらですけど、式神さんもご飯食べるんですね」


(別に食べている訳ではない。味をみているだけだ。翔也様に変な物を食べさせないようにな)


「にしては、一人でよくチョコレートつまんだりしてません?」


(……翔也様。やっぱりコイツ祓いましょう。調子こき始めています)


「えー……」


 相変わらずの理不尽さに、座敷童子がちょっとひいてる。ただ、かぐやに対しての恐怖心も少し和らいでいるようだ。以前のように、身体を硬直させて怯える姿は見なくなった。


「話し戻すけど、要するに俺にまだ幸福届けられてないってことだよな。そもそも、座敷童子の言う幸福ってなんなんだ?」


「えっと……なんでしょう?」


「なんで、お前がわからねえんだよ。イメージ的には、なんか富をもたらすって感じだよな。宝くじとか当てさせられねえの?」


「あっはっはっは、無理ですね! 私に出来るのは家事くらいです!」


 なぜかドヤ顔で笑っているが、優秀な家政婦と出来ることが変わらないというのは、妖怪としてどうなのだろうか。

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