第171話 だいぶ遠回りしちまったけど……

「……う……うぅ……」

「ジギム!!」


 杖を握るだけの握力が尽きてしまったのだろう、ジギムは杖から手を放した。

 そして、倒れそうなところを僕の腕の中に迎えた。


「しっかりしろ! ジギム!!」

「……ノクト……無事でよかった……」

「なんで、あんなムチャをしたんだよ……ジギム……」

「もう……間違いたくなかったから……な……」

「今回こそ……自分の身を守ればよかったのに……」

「ハハッ……これでちょっとは……ルゥに顔向けできるようになった……かな……?」

「ルゥに顔向けできるようにだって? ……そんなこと! いつだってできたよ!!」


 あのときのジギムの行動に対して、わだかまりを感じていたのは僕だけで……ルゥは気にしていなかったのだから……


「ずっと……ルゥに謝りたかったけど……俺には、その勇気がどうしてもなくて……だから、さっき話したみたいに……大商人とか英雄とか……自分をごまかすための偽りの野望が必要で……」

「分かってるから! もう、そのことはいいよ!!」

「でも……これでようやく……ルゥに謝る勇気が出てきた……」

「ねぇ、ジギム……あのときルゥが話してたこと、君は聞いてなかったのかい? ルゥは最初から許してた……いや、そもそも怒ってすらいなかった……ただ、ジギムのことを心配してただけ……そうだっただろう?」

「そう……だったかなぁ? 全然、覚えてないな……あのときは、何もかもが……ただただ怖くて……」

「それにさ、ジギム……なんとルゥは、ちょっと前に僕の夢に出てきてさ……『ジギムちゃんを助けてあげて』とかいってきたんだよ? そんなふうに、ルゥはずっとずっとジギムのことを心配してたんだ……だからさ、怖がることなんて何もなかったんだよ!」

「へぇ……ノクトの夢にか……いいなぁ……俺は夢ですら、逢えなかった……いや、違うか……俺がルゥから逃げてたんだろうな……」

「うん、きっとルゥは、ジギムの夢の中にも逢いに行こうとしてた……だけど、ジギムの心の中の壁がそれを阻んでたんだよ……でも、もうその壁はないだろ? これからはいつだって、ルゥが逢いに来てくれるよ! だから……!!」

「ありがとな、ノクト……必死に元気づけようとしてくれて……でも、もうそろそろ……お別れみたいだ……」

「な……何いってんだよ! まだまだこれからじゃないか!! 僕たちも久しぶりに会えたんだし! これから一緒に、いろいろやって行こうよ!!」

「わりぃなぁ……そのお誘いに応えることは……無理そうだ……」

「……なんでだよ!? ホツエン村でジギムが『訓練だ! 訓練だ!!』っていってたとき、たくさん付き合ってあげたじゃないか! 今度は僕に付き合ってよ!!」

「ホントに……ゴメンなぁ……あぁ……もう、目も霞んできて……何も見えねぇや……」

「おい! ……ジギム!!」

「ルゥ……だいぶ遠回りしちまったけど……ようやく、お前に……」

「ジギム! まだそっちに行くのは早いよ!!」

「じゃあな……ノクト……これから、ルゥと一緒に……お前のことを……見守って……やれたら……いいん…………だけど…………なぁ………………」

「……ジギム!? 駄目だ! 僕を置いて行かないでくれ!!」

「……」

「ジギム! 返事をしろよ!!」

「……」

「ジギム! お願いだから!!」

「……」

「なぁっ! ジギムってば!!」

「……」

「……ジギム……ジギム、ジギム、ジギム、ジギム! ジギムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

「……」


 それから、何度呼びかけても……ジギムは返事してくれなかった……

 ジギム……ようやく会えたっていうのに……なんでだよ……


「ジギム……なんで……」

「……ノクト君」


 ジギムが召喚したモンスターの大群を、レンカさんは全て片付けたのだろう……

 僕の頭の冷静な部分が、そのことを理解していた……


「レンカさん……ジギムが……ジギムがぁっ!!」

「ノクト君……」


 ここで、僕の緊張の糸が切れてしまったのだろう……目から涙が止めどなく溢れてきた……

 そんな僕を、レンカさんは優しく抱き留めてくれた……


「レンカさん……僕はルゥに……『ジギムちゃんを助けてあげて』って頼まれてたのに……結局、助けてあげられなかった……」

「ノクト君……そんなことはないよ……ノクト君は、しっかりジギム君を救うことができていた……」

「レンカ……さん? だけど……僕は……」

「確かに、ジギム君の命を救うことはできなかったかもしれない……だが、ジギム君の心を救うことはできたはずだ……」

「ジギムの……心を……?」

「ああ、そうさ……ずっと抱えていた罪悪感によって凝り固まっていたジギム君の心を、ノクト君がほぐしてあげたのだから……」

「そんな……僕は……」

「ノクト君自身は、たいしたことをできなかったと思っているかもしれないが……ほら、ジギム君の顔を見てごらん……とても安らかで、満ち足りた顔をしているだろう?」

「ジギム……」


 レンカさんのいうとおり……ジギムの顔は、安らかで満ち足りているようには見える……

 でも……


「ノクト君……ノクト君はできるだけのことをしたはずだ……ノクト君も、自分を責め過ぎてはいけないよ」

「レンカさん……」


 こうしてレンカさんに慰められながら……僕は涙を流し続けるのだった……

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