第91話 もう、私の心配なんて必要なさそうね
「ああ、取り乱してしまって、ごめんなさい……」
「いえいえ」
後方から聞こえてくる冒険者たちの会話を耳にしていたところ、思考の海に潜っていたハーシィさんの意識が戻ってきたようだ。
「まあ、これまでにもいろいろとノクト君には驚かされることがあったのだろうな」
『そのようですな』
「う~ん、それほどではなかったと思うんですけどね……」
「……ノクト君はあまり頓着していなかったみたいだけど、まあまあ普通じゃなかったわよ?」
「えぇ、そうですか?」
「とはいえ、なるべく抑え気味にするよう、私もこれまでノクト君にいってきたつもりだからね……うるさく感じたかもしれないけれど……」
「うるさいだなんて、そんなこと思ったこともありませんよ!」
といいつつ、今回レンカさんと受けることになったオークの集落を掃討するって依頼……これ、最初は僕1人でやれちゃうんじゃないかなって思ってしまっていたのは正直なところだ。
かといって、誰かと合同で受けたほうがいいっていうハーシィさんの説得をうるさいとまでは思わなかったけどね。
そして、単純にまだ子供の僕を心配して気遣ってくれていただけだと思っていたけど……
どうやら、それだけではなかったみたい。
「こうやって冒険者ギルドの受付をやっているとね、まれに……うん、本当にまれに……ノクト君みたいに信じられないスピードで先へ進んでいく子がいるのよ……」
「へぇ、そうなんですね?」
「でも……まっすぐ進む子ばかりじゃなくてね……どこかで慢心でも生まれるせいか、道を間違う子もいてね……」
「なるほど、僕が今までちゃんとやってこれた……あくまでもつもりですが、とにかくそれはハーシィさんのおかげ……そう思うと感謝の気持ちでいっぱいです! ありがとうございます!!」
「ううん、私はそこまでじゃない……ヨテヅさんたちの支え、そしてノクト君自身がしっかりしていたからよ……でも、ノクト君がそう思ってくれるのは、嬉しいわ」
「はい、確かにヨテヅさんたちにもたくさんお世話になっていますが、ハーシィさんにもいっぱい助けてもらっています!」
日々のアドバイス。
それだけではなく、依頼を終えてギルドに戻ってきたとき、ハーシィさんが笑顔で迎えてくれる……あれ、すっごく癒されるんだよね。
それはきっと、ほかの男性冒険者たちも強く頷くことだろう。
そういうことの積み重ねで、僕たち冒険者は頑張れるんだと思う。
「でも、そろそろノクト君は私の目の届かないところに行っちゃうのね? 寂しくなっちゃうなぁ……」
「えっ!? なんで……」
「レンカさんと正式にパーティーを組んだのでしょう? そして、レンカさんは一つ所に長く留まる冒険者ではないし……」
「え、えっと……正式にパーティーを組んだって、まだ話してませんでしたよね?」
帰還したってことと、ルクルゴさんが仲間になったってことしか話していない。
そして、ギルドカードも提示していないのだ。
それなのにハーシィさんは、僕が近々この街を離れることになりそうだと気付いたようだ……
「ふふっ……それぐらい、ギルドの受付をしていたら雰囲気で分かるわ」
「そ、そうですか……」
そんなことまで分かっちゃうなんて……冒険者ギルドの受付って凄い……
いや、ハーシィさんが特別凄いだけかもしれないけどね……
「そして、レンカさんならノクト君を正しく導いてくれるでしょうし……モンスターとはいえ、ルクルゴさんも信頼に値する……そんな眼をしているから……もう、私の心配なんて必要なさそうね……それがちょっと寂しくもあるけど、よかったなって心から思うわ」
「ハーシィさん……そこまで僕のことを思ってくれて、ありがとうございます、本当に」
たとえ冗談でも、ここに来るまでのあいだに「アンタのことなんか、心配してないんだからね!」とかってセリフがハーシィさんの口から発せられることを一瞬でも想像した僕を𠮟りつけたい……
「あっ……しんみりしちゃってごめんね……」
「いえ、僕のほうこそ……」
こうして、帰還の挨拶だけのつもりが、別れの挨拶まですることになってしまった格好だった。
とはいえ! このあとすぐ旅立つってわけじゃない。
レンカさんも、この街でもう少し調べたいことがあるみたいだし。
まあ、レンカさんの調べたいことといえば、お姉さんの足取りだね。
しかしながら、有力な手掛かりが見つかるといいんだけど……
そんなこんなで、まだしばらくこの街にいるよって話をしつつ、ハーシィさんに帰還の報告を済ませてギルドをあとにした。
そして、今日の宿屋へ向かう。
ちなみに、僕が今まで泊まっていた宿屋だと、さすがにモンスターの宿泊まではオッケーされていないので、別のところとなる。
まあ、それも先ほどハーシィさんに紹介してもらったので、なんの問題もない。
そして移動中のこと……
「うぅむ……ノクト君を取ったみたいで、少し申し訳ない気持ちになってくるな……」
「えっ!? レンカさん……?」
「ああ、すまんすまん、私の独り言だ」
「いえ……でも、レンカさんと一緒に行くと決めたのは、ほかの誰でもない! この僕ですから!!」
「………………うん、ありがとう」
そのときレンカさんが見せてくれた……はにかんだような笑顔に、僕の目も心も奪われていたのだった。
『……よきかな、よきかな』
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